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五月十六日 水曜日
─13─
──朝だ。
時間が過ぎることに、こんなにも恐怖を感じたことはない。体は疲れているのに、脳が眠ることを拒否している。
一晩中、ネットで調べてはみたものの、なんの成果はなく、絶望の足音が近づくだけだった。
自分の力だけではどうにもならないという結論至った俺は、これからあいつのところに向おうとしていた。少し早いが、あいつなら大丈夫だろう。
行く前に、楓太の様子を見ようと、寝室のドアを開けた。
「兄ちゃん……」
楓太は起きていたようで、ドアを開けるとすぐに声をかけてきた。普段から小さい声だか、さらに小さく、力ない。
「カーテン開けるぞ。兄ちゃん、これから洸平のところに行ってくるからな。あと、買い物もしてくる。食べるものなくなっちまったから」
返事のない楓太の顔を覗き込む。
「──楓太!」
思わず声を荒げる。
「楓太! 大丈夫か⁉」
「──寒いよ」
「さ、寒いんだな。わかった。待ってろ。今ストーブつけてやるからな」
慌てて石油ストーブのスイッチを入れるも、灯油は空。
そりゃそうだ。今は五月中旬。必ず灯油を使い切った状態で片付けなければ故障の原因になる。ジタバタと狼狽えながら灯油を入れ、秒速点火で再びスイッチを入れる。
その後、クローゼットから電気毛布を引っ張り出し、負担をかけないよう、少しずつ楓太の体をずらしながら敷いていく。
「すぐに暖かくなるからな」
「──うん」
楓太はさらに痩せ細り、顔色も血の気を感じられない。手首を触ると、驚くほど冷たく、脈も弱い。
「一人でいられるか?」
「大丈夫だよ……」
「カーテンは閉めたほうがいいか?」
「半分……だけ」
震える手でカーテンを閉める。動揺が伝わらないように冷静を装う。
「なるべく早く帰ってくるからな。何かあったらすぐに連絡しろよ。な?」
「──うん」
声に力がなく、聞き取るのが難しい。
こんな状態の楓太を置いていくことに抵抗はあるが、楓太を救えるのは俺しかいないんだ。
今にも泣き出しそうになるのを抑え、家を飛び出した。
車のドアを震える手で開け、乱暴に閉める。
何度もハンドルを拳で叩きつけ、不甲斐ない自分を責めた。
「俺が怯えてどうすんだよ! しっかりしろ!」
自分を奮い立たせ、正気を無理やり取り戻す。一秒たりとて無駄にできない状況で、弱気になっている暇はない。いつもの俺に戻るんだ。
手段は選ばない。どんな手を使ってでも楓太を助けてみせる。
今から知恵を借りに行く男は、鷲見洸平。俺の幼馴染。こいつとは、いつも意見が合わずよく喧嘩をする。だが、次に顔を合わせると不思議といつも通りに戻っており、今まで関係は続いている。
いわゆる、腐れ縁といったところだろう。
そして、なぜこいつに力を借りに行くかと言うと……。
「洸平、今日も似合ってるぞ、その格好」
「──おい、何連れ来た」
鷲見洸平は、神主の息子なのだ。
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