五月十六日 水曜日

3/6
前へ
/42ページ
次へ
─15─  家に帰ると、楓太は変わらずベッドで横になっていた。 「楓太、大丈夫か?」 「──兄ちゃん、お腹すいた」  この状態になってから食欲が増しているようだった。食べても食べても腹が減るらしく、常にグーグーと腹が鳴っている。これも何か、呪いと関係がありそうだ。  急いでご飯を作り、楓太に食べさせる。こんな細い体のどこに入るのか不思議なほどの量を食べる。  これだけでは足りないので、仕事へ行っている間にも食べられるよう、サンドイッチを作り、ベッドの近くに置いておく。 「楓太、少しだけ仕事行ってくるから。なるべくすぐに帰ってくるから、何かあったら連絡しろよ」 「早く帰ってきてね……」  後ろ髪を引かれる思いで、家を出た。これからどんな変化が訪れるのかわからない状態で、一人でいるのは心細いのだろう。上司に話し、ピークが過ぎたらすぐに帰れるようにしてもらおう。  職場に着くと、同僚たちが休暇中の俺に憐れみの視線を送ってきた。その一人が近寄ってきて「お疲れ様です。休んだの、アイツです」とだけ言い残し、宴会場へ入っていった。  またアイツか……。  アイツは、俺のことが嫌いなのだ。俺が今回のように長い休暇になると、このような日に突然休み、俺が呼び出されるようにする。  発端は、アイツが入社した時、教育係として、半年間面倒を見たことだ。その時に厳しくしていたのを根に持っているらしい。ではなく、持っているのだ。  他のスタッフに俺の悪口を言いふらしているようで、見かねた上司が何度か注意した。  腹ただしいが、仲良くするために仕事をしているわけではないので、特に気にしてはいない。こういうやつは、俺の経験上、そう長くはない。近いうちに辞めるとふんでいる。  昼十二時開始の宴会。  今日の客は、この地域一帯の消防団だ。OBも来るらしく、四十人を越える大きな宴会。  バスが到着するとインカムで伝えられ、主任の俺がお迎えに行く。 「いらっしゃいませ。ようこそお越しくださいました」  頭を何度も下げながら、俺はこんな所でこんなことをしている場合じゃないんだと、心の中でぼやく。  案内を済ませ、幹事との打ち合わせ通り、長い挨拶の間に飲み物を配り、乾杯まで見守る。  各テーブルに並べた瓶ビールがぬるくなった頃、ようやく宴会が始まり、料理を次々に運んでいく。今回は大皿料理の宴会で、様子を見ながら厨房へ伝え、料理を提供していく。  宴会の日は、この作業が一番骨が折れる。客と料理人に挟まれるこの役は誰もやりたがらない。料理人からは文句を言われ、客からはまだなのかと文句を言われ、非常にストレスが溜まる。料理人とは幾度となくやりあっているが、結局折れるのはこちら側。  落ち着いた所で、俺も会場に瓶ビールを抱え見回りに行く。足りていない所を見つけてはどんどん置いていく。すると、一際賑やかなテーブルの客が、手招きをしていることに気が付き急いで向かう。 「お待たせしました」 「兄ちゃん、ここに熱燗五本持ってきてくれるか?」    六十代後半くらいの男性が、顔を赤くして俺の肩を叩いた。 「かしこまりました」    すぐにインカムで、ドリンク係にオーダーする。作ってもらっている間に、空になった瓶や、皿を片付ける。 「それにしても、俺が消防団やってて一番怖かったのはあの事件や」 「またその話ですか?」 「あんな不思議なこと、忘れられないやろ」 「まあ、トラウマですよね」  武勇伝だろうか。この若者はいつも聞かされているのだろう。 「兄ちゃんは知っとるか?」  急に俺に話を振ってきた。 「どんなお話ですか?」 「今は無くなった集落の話」  集落……。  鼓動がドクンと跳ねる。 「集落ですか?」 「そうそう。この近くに、昔は集落があったんだよ。武咲集落ってとこ」  空瓶を持つ手が震える。 「聞いたことないです。怖い話ですか?」 「怖いというか、不思議な話だな」 「僕、不思議な話大好きなんで教えてくださいよ!」 「おっ! それならこの話は最高だな」 「ちょっと佐竹さん、だめですよその話は」 「いい、いい。もう時効だろ。四十五年も前の話やぞ」 「そうですけど、それは口外しないって……」  若者が小さな声で、佐竹という男性に言った。  口外してはいけない……。そんな大きな事件だったのか? 「教えていたいただけますか?」  こういう人は、話したがり。お願いすると喜んで話すはず。 「おうおう! しゃーないな。兄ちゃんがそんなに聞きたいんだったら」  当時のことを知る人物に出会え、俺は興奮していた。もしかすると、重要な話が聞けるかもしれない。  喉から手が出るほど、情報が欲しいのだ。媚びてでも全て聞き出してやる。        
/42ページ

最初のコメントを投稿しよう!

61人が本棚に入れています
本棚に追加