始まり

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─2─  楓太はガタガタと体を震わせ、そのまましゃがみこんでしまった。抱えるようにソファへなんとか座らせる。体はびっしょりと濡れていて、相当恐ろしい思いをしたのだろう。 「楓太、大丈夫か。今、あったかい飲み物持ってくるからな」    俺がそう言い、立ち上がろうとソファから腰を持ち上げた時だった。 「行かないで!」    叫ぶような声で、俺の腕を掴んだ。痕がつきそうなほど、強く掴んでいる。 「わ、わかった。隣りにいるから。大丈夫だ。安心しろ」 「──ごめん」  昨日の夜、飲みに出かけていた楓太は、泊めてほしいと突然深夜に電話をかけてきた。家に来た時はだいぶ気分が良くなっていたようで、眠っていた俺を起こし、よくわからない話を散々聞かせたあと、勝手に寝た。すっかり寝るタイミングを逃した俺は、朝方まで映画を見て過ごすはめになった。  そして──、夕方、荷物が届いたのだ。 「落ち着いたか?」 「──うん」    口から大きく息を吐いたあと、やっと体の力が抜けたようだった。 「何が見えたんだ? 話せるか?」  焦らせないように聞いていく。 「自分でもよくわからないんだけど、面を手に取った時、体にものすごい寒気と同時に、大きな耳鳴りで周りの音が聞こえなくなったんだ。それで前を向いたら、テレビの横に家族のような三人が立っていた。お父さん、お母さん、そして、五歳くらいに見える男の子が……こっちを見てたんだよ」  なんて返していいかわからないまま、頷く。 「その三人は、頬がコケていてガリガリに痩せてた。痩せすぎていて、目が飛び出しているようにさえ見えたよ」  俺には見えなかったが、確かにあの時、部屋の空気は重く、息苦しさを感じた。 「面を持った瞬間、その家族が現れたんだよな?」 「うん……。兄ちゃんは何も見えなかったの?」 「ああ。空気の変化は感じられたし、寒気はしたけど……、見えなかった」 「俺、霊感とか無いと思ってたんだけどな」  霊感……。  その一言で済ませてしまっていいのだろうか。もっと違う何かを感じる。 「ちょっと、整理していいか?」 「そうだね、そうしよ」  コーヒーを二杯淹れ、テーブルに置いた。コーヒーの香りで、少しは冷静に考えることができるだろう。 「まず、面を送ってきたのは湊。手紙が入っていて、すまんとだけ書かれていた。そして、見慣れない木彫りの面。先に触ったのは楓太。その後、俺が」 「そもそも、なんで、湊くんからこんな物が届いたんだろね。それに、手紙まで」 「そこなんだよな。あいつとは、中学生からの友達だけど、お互いにプレゼントを送りあったことなんて一度もない。それに、手紙なんてもってのほかだ。すまないってなんだよ……」 「すまないって、何か思い当たることないの?」  コーヒーを一口啜り、記憶を遡ってみるも全く思い当たらない。 「あいつとは喧嘩もしたことないし、謝られることなんて、身に覚えがない」 「だよね……。兄ちゃんならともかく、湊くんが悪いことをするなんてあり得ないよね」 「おい、それどういうことだ?」 「あっ、ごめんごめん」  冗談が言えるくらいには落ち着いたようだ。ほっと胸を撫で下ろす。 「悪いことね……」 「湊くんに連絡してみたら?」 「──確かに! それを早く言えよ」  こんな簡単なことを思い浮かばないなんて、まだ頭の中は混乱しているようだ。  テーブルに置いてあったスマートフォンを手に持ち、湊に電話してみる。  一回、二回、三回……。  しばらく呼び出してみるも、一向に出る気配はない。今日は日曜日で、あいつも休みのはずだ。 「だめだ、出ない」 「なんか……嫌だね」 「──ああ」  楓太も、この言いようのない不安を感じているようだった。俺達の周りで、何かよくないことが起こり始めているのではないだろうか……。そんなことを感じさせる力を、この面からは感じる。 「──湊の家に行ってくる」  何も無いならいいじゃないか。あくまでも、念の為だ。きっと大丈夫。そもそも何があるって言うんだ……。 「俺も行く!」 「お前は休んでろ!」 「いや、行く」 「言うこと聞け」 「今はこんなことで揉めてる場合じゃないんじゃない?」    楓太は時折、俺より大人の顔をする。 「──勝手にしろ」  薄手の上着を手に持ち、部屋を出た。階段を滑るように下り、車に乗りこむ。    昨日は大雨で警報が出るほどの悪天候だった。しかし、今日は打って変わって晴天。夕方だというのに、この明るさ。空が紫に近いピンク色に染まり、幻想的だ。    地元のホテルで働く俺は、やっと繁忙期を乗り越え、今日から三日間の休暇を取っていた。こんな田舎のホテルにも、ゴールデンウィークには満室になるほどの人が押し寄せる。手つかずの自然を売りにしているため、都会の人が癒やしを求めにやってくるのだ。その度に、「こんな素晴らしい所に住めるなんて幸せね」と言われるが、(なら住んでみろよ馬鹿野郎)と、心の中で毎度悪態をつく。住む気もないのに言うんじゃねーよと、いつか本当に口に出してしまいそうだ。  俺はホテルのレストランでサービス係として勤務。楓太は、隣町のホテルで料理人として修行を積んでいる。昔から料理が好きで、高校に上る頃には、料理人になり、いつか自分の店を持つことを目標にしていた。  そんな楓太も繁忙期が終わり、昨日から休みを取り、地元の友達に会いに来ていたようだ。 「あそこのアパートだ……」
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