五月 十四日 月曜日

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五月 十四日 月曜日

─5─  家に帰ってきた頃には、21時を過ぎていた。 「まずいな……」 「どうしたの?」 「──俺が今から話すことを冷静に聞いてほしい。突拍子もない話だが、これしかないと思う」  俺の真剣な様子に、楓太の顔つきが変わる。 「さっき、ゴミ箱で見つけたこの段ボールに、送り状が貼ってあったんだが、そこに、五日前の日付が書いてあった。これは湊の字だ。おそらく、この面が届いた日付だろう。いつ気づいたのかはわからないが、途中で呪いだとわかり、メモしておいたのかもしれない。そうなると、湊は面を受け取った五日後に死んだことになる」 「五日後……」 「そして、俺より先に面に触れた楓太には三人家族が見え、後に触った俺には見えなかった。湊が死んだ時のことを考えると明らかに病死でも事故死でもない。楓太は一部始終見ていたならわかっていると思うが」  楓太は小さな声で頷く。 「おかしなことを言うようだが、これは面による呪いだと思う。そして、呪いが発動するのは触ったその時から。湊が五日後に死んだことを考えると猶予は五日と考えておいたほうがいいだろう。細かい時間はわからないが、俺達が面に触れたのは十五時過ぎ。だから、五日後の十五時が、タイムリミットだと思う」  楓太は固まったまま、口を半開きでこちらを見ている。 「おい、大丈夫か?」 「──う、うん。これって、呪われたのは俺だけなのかな?」 「まだわからないが、状況からいって、そうだと思う……」 「そ、そっか……。わかった。俺も、兄ちゃんの考えで間違ってないと思う」    楓太は、俺に心配をかけないように冷静を装っているが、どれだけ不安か想像に難くない。俺にできることは、五日後を迎えるまでに呪いを解く方法を見つけることだけだ。 「これってさ、湊くんは、誰かに面を押し付けたら自分が助かると思ったのかな?」 「──うん。手紙から言ってそうだろうな。一人で考え、出した答えがそれだったんだろう。結果、呪いが解けるどころか、さらに広がっただけだがな」  俺は湊を恨んでいる。俺じゃなくたって他にもいただろう。しかし、切羽詰まった状況で浮かんだのが、長年の友人である俺だったのかもしれない。せめて、話してくれていたら……。 ──そうじゃない、話せなかったんだ。自分の目で見たもの以外、信じない俺の性格をわかっている湊なら、信じてもらえないと思ったのだろう。話を聞いただけだと信じることができず、無駄に湊を傷つけていたかもしれない。 「例え俺の考えが外れ、呪いでもなんでもないただの病死だったとしても、この面については調べておいたほうがいいと思う」 「そうだね。とりあえず、ネットかな……」 「送り状に書いてあった『いいもの市場』を検索して、個人の名前も書いてあったから確かめてみよう」  最近はあまり使う機会のないノートパソコンを引っ張り出し、起動させる。 『いいもの市場』で検索すると、すぐに見つかった。そのサイトでは、ハンドメイド作品や、不用品など様々なものが売られていた。  次に、送り状に書いてあった名前を検索してみる。他にも出品していればヒットするだろう。 「──この人だ」  意外にもすぐに見つかった。このサイトは、直接やり取りができるようになっていたので、メッセージを送ってみる。 「『面について教えてほしいことがある』で、いっか」 「ちょっとちょっと、それじゃだめだよ。まったく……」    楓太が呆れ顔でこちらを見る。 「何がだめなんだ? わかりやすいだろ」 「だめだよ。これじゃ、相手が萎縮するよ。 いい? 考えてみて。兄ちゃんが知らない相手からいきなりこんなメッセージが来たらどう思う?」 「──なんだこいつ。かな」 「でしょ? 兄ちゃんがそう思うなら、この人もそう思うよ、きっと」 「あー、そうか。なるほど。楓太は人の気持がわかるんだな」 「兄ちゃんが気にしないだけだよ。普通の人はわかるレベル」 「なんだ? 兄ちゃんに説教か?」 「──違うよ。じゃ、俺が打つね」  楓太は俺の変わりにメッセージを打ち込み、送った。確かに楓太の文章の方が角がないかもしれない。まあ、俺の文の方がわかりやすいが。 「返事来るかな」 「どうだろな。もし、呪いが本当ならこの人は死んでるだろうな」 「ちょ、ちょっと。呪われてるの俺なんだよ。そんな簡単に怖い事口にしないでよ」 「ごめんごめん。でも、兄ちゃんがなんとかするから」 「うん。それは信じてるけどさ……」  結局、しばらく待っても返事は来ず、チャーハンでも作って小腹を満たすことにした。楓太は料理人だが、チャーハンに限り、俺の方が上手に作れる。  材料を切ったあと炊飯器を覗くと、二人分には少し物足りない量のご飯しか残っていなかった。 「俺の分を減らせば足りるか」  弟は普段からよく食べる。体は小さいが食べる量は俺の二倍は食べるだろう。まさに四次元腹。    冷蔵庫に余っている食材で作ったチャーハンにしてはまずまずの出来だろう。 「出来たぞ」 「美味しそう! あれ、兄ちゃんの分少なくない? 足りる?」 「大丈夫だ。大した腹減ってないから。お前はたくさん食べろ」 「ありがと。じゃ、いただきまーす」  さっきの出来事が嘘のように、穏やかな時間が過ぎていた。  その後二人とも風呂にも入り、二十三時を過ぎたことだし、そろそろ寝ようと歯を磨いていた時だった。 「兄ちゃん! 返信来てるよ!」 「今行く」  慌てて口をゆすぎ、ベッドに寝転がる楓太の横に座った。 「なんて書いてあった?」 「まだ読んでない。兄ちゃん見てよ」  目の悪い俺は、ノートパソコンに顔を近づける。 「『こちらに連絡ください。時間は何時でも構いません』だって」 「よかった。とりあえず生きてたね」 「ああ。時間は何時でもって言ってたから今かけてみるか?」 「今? こんな時間だよ?」 「だって何時でもいいって書いてあるだろ。それに、明日まで待ってたら一日が過ぎちまうんだぞ」 「──まあね」  人の気持ちを一番に考える性格の楓太は、この時間に電話をかけることに抵抗があるようだが、のんきなことをしている暇はない。確かめるには早い方がいい。  不満そうな楓太を横目に、メッセージに書いてある電話番号に連絡してみる。 「──はい」 「もしもし、先程ご連絡させていただいた下澤凛太です」 「あー、本当にかけてきたのね」  いつもの俺ならすぐに切っている。だが、事情が事情だ。ぐっと堪える。 「遅くに申し訳ありません。あまり時間が無いもので、無礼を承知でお電話させていただきました」  日頃からこういう相手には、嫌味を込めて必要以上に丁寧に接することにしている。 「聞きたいことってお面のことでしょ?」 「はい。何か知っていることがあれば教えてほしいと思いまして」 「知ってることって言ってもね、持ち主は死んだのよ。そっちは誰か死んだの?」  嫌な女だ。 「私の友人が亡くなりました。そして、今は弟が死の危険にさらされています」 「──私たちは悪くないわよ!」  何の前触れもなく、突然女が声を荒げた。思った以上に被害が拡大していることに焦っているのだろうか。 「私はただ、知りたいだけなんです。この面のことを」  ヒステリックになった女に通話を切られないよう、落ち着いた声色で話しかける。  少し黙ったあと落ち着いたのか、女は話し始めた。 「──私たち、呪物コレクターなのよ。死んだのは、オカルトサークルの仲間。その彼が、いいもの市場でこの面を見つけたの。その時は確か、『呪物、本物です』って書いてあったわ。見た目も木彫りで不気味、余計なエピソードとかも書いていなかったし、信憑性が妙に感じられたの。だから、サークルで集めているお金で買ったの。そのあとすぐ届いたんだけど、実物を見て、一人が焦りだしたのよ。これはやめておいたほうがいいって。私は怖くなって触らず見てたんだけど、彼は平気だと言って面を手に取ってしまったの……」  そこからは、さっき俺たちが経験したことと同じだった。 「彼が亡くなったのは、触ってから五日後でしたか?」 「うん、五日後」 「では、亡くなった時の状況は?」 「──面が顔に貼り付いていたわ」 「──そうですか」  湊と同じだ。  あの、おぞましい光景が頭に過ぎる。楓太も同じ道を辿るのか……。いや、俺だって呪われていないとは断言できない。 「このお面の出品元はわかりますか?」 「最初が誰なのかはわからなたいけど、私達が誰から買ったのかはメモしてあるわよ」 「それを教えてもらえますか?」 「じゃ、すぐにメッセージ送っておくわ」 「ありがとうございます」  出所さえわかれば、どうしてこんな呪いが生まれたのか解明できるだろう。この時代、ネットで調べればだいたい情報は収集できる。五日もかからず呪いを解くことができそうだ。 「電話の相手、なんだって?」 「呪物を集めている人たちで、このサイトで入手したらしい。誰から買ったのか今、教えてくれるそうだ」 「それで、やっぱり誰か死んでたの?」 「ああ。一人が触ったみたいなんだが、やはり五日後に亡くなったらしい」 「──そっか」  うつ伏せになりながら話を聞いていた楓太は、体を丸めるように横になった。 「大丈夫だ。出どころさえわかれば、呪いを解く方法を聞き出せるさ。安心しろ」 「そんな簡単にいくかな……」 「さすがに遅いから、続きは明日だ」  明日には呪いが解け、元通りに戻っている。  きっと、大丈夫だ……。    
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