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勝利条件
「そろそろ一緒に住まないか?」
そう僕は付き合いはじめて2年近くなる恋人の恵美に告げた。僕の声は少しだけ掠れていた。
恵美はぽかんとした表情を浮かべて黙っていた。いや、固まっていた。
僕は数日前から部屋を念入りに掃除をし、不用品を捨て部屋を片付けていた。いつもよりずっと住み心地の良い部屋になっているはずだった。そんな部屋で僕たちはコーヒーを飲んで寛いでいた。
恵美は手に持っていたカップのコーヒーを一気に飲み干した。僕もつられてカップに口をつけるがすでに空だった。ひどく喉が渇いていた。
「えっと。えっと。それどう言う意味なの?」と恵美は呟くように言った。いいよ、だとか、まだ駄目、だとか、また来週ね、みたいなリアクションを予想していた僕は思わず口籠もる。
「えっと。2人の関係を進めたいなって」と僕は声を絞りだした。
恵美はじっと僕の目を見た。僕がどれだけ本気で言っているのか測っているのだろうか。
沈黙に耐えられずに僕は「もう付き合って2年近く経つし」だとか「一緒に住んでた方が家賃とか節約できるし」とか「調味料も使い切れるだろうし」なんて事まで言った。
「それってさ。あの、あれ!結婚を前提にって事?」と恵美は核心を突いた。
「そのつもり、だよ。一緒に住まないと分からない事もあるだろうし」と僕は言った。「それに今すぐって訳じゃないしさ」
僕がしどろもどろになりながら何とか答えると恵美の口角が上がり、目元も緩んでいた。
恵美は突然、居住まいを正し、「不束者ですが宜しくお願いします」と言った。
「こちらこそ宜しくお願いします」と僕も姿勢を正して答えた。次の瞬間、顔を見合わせて笑った。
「じゃあさ、今度、お揃いのがマグとか買っちゃう?」と恵美は空になったカップを指差した。僕のは百均で買った飾り気のない白いカップで恵美が使っているのは旅行先で買った美濃焼のカップだ。共通点なんて無い。強いて言えば、1000円以下って事だ。
いつもよりはしゃいだ恵美は、疲れてしまったのだろう。気がつけば、僕の腕にもたれ掛かって眠ってしまった。無防備な寝顔を見ていると、大事にしなきゃな、と言う想いが湧いてきた。
誰よりも強くなりたい。男に生まれたからには誰もが夢見る事だ。でも現実にはそうはいかない。諦めや妥協と共に自分が最強では無い事を受け入れていく。それが大人になると言う事かも知れない。
ただ一つ言えるのは最強になる事は目標にはなるけれど、目的では無いって事だ。僕が強くなりたいのは恵美を守りたい。ただそれだけ。
たとえ、暴漢に襲われて、僕がズタボロにされても彼女が無事に逃げおおせてくれれば、僕の「勝ち」だ。
それに喧嘩と言うのは危険な事だ。ルールなんて無い。強いてルールを挙げるとしたら、何でもアリ、て事だ。降参だって認められないかも知れない。漫画やアニメなんかとは現実は違うのだ。痛くて冷たいのだ。友情なんて芽生えないし、残るのは恨みと後悔だけだろう。
喧嘩に関する事を調べているとまず目に入ったのは、衝突は避けろ、という事。喧嘩は最後の手段だと言う事。ぶつかりそうになったら、プライドなんかかなぐり捨てて謝ってしまえ!とあった。確かにそうだろう。僕のちっぽけなプライドなんかより彼女の無事の方がずっとずっと大事だ。むしろ、彼女が無事でいられなかったらプライドが傷つくだろう。
どうして避けられない時はどうするかそんな事も書いてあった。
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