1人が本棚に入れています
本棚に追加
この季節は寒い。
地面が凍っていて、つい下を向いて歩いてしまう。
夜歩くと、街頭に照らされたなんの変哲もないただの木が、雪に彩られてきらきら輝いているように見えた。
咲は「きれい」とつぶやいた。
無意識にスマホを手に、その景色を”見せたい”と思ってしまった。
咲は画面越しに見るその景色を見たまま、先程までのふわっとした気持ちが一気に沈む。
雪がきらきら光る木を見つけたら、彼にも見せたいと思ってしまう。
彼の住んでいるところは、春が遅いから、桜が咲いたらもうすぐそっちにも春が来るよって教えたくなって、桜の写真を送って。
他愛もない話をして。
2人しかしないその空間で。
ただただ、ずっと話していたかった。
また連絡をすれば、きっと彼は普通にまた他愛もない話をしてくれる。
だけど、それはきっと咲の気持ちとは別のものだって、わかっているから。
会ったことがない彼は、どんな声をして、どんな表情で笑うのだろう。
会いたいって、言ったら、きっと離れてしまう。
少しでも長く彼と、繋がっていたかった。
これが恋だと言えば、会ったこともない人と恋なんておかしい、それは恋じゃない、って友達に笑われた。
きれいな景色を見せてあげたい、って、会ったこともない人に思うってやっぱりおかしいのだろうか。
でも。
咲は、スマホをポケットにしまい、道を歩きはじめる。
でも、誰がなんと言おうと、あれは「恋」だった。
ちゃんと「恋」だった。
彼に見せたい景色は、きっとこの先もたくさんある。
雪を見るたび、桜を見るたび、彼に見せたいと思ってしまうだろう。
だけど。
きれいなままで。
汚い部分なんていらない。
だから、彼にもう送ることはない。
雪の思い出は、そのほうがいい。
真っ白くて、何色も混ざらない白いままが、一番きれいだ。
最初のコメントを投稿しよう!