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3/12 赤と黄色のにくいバーガー
明日は火曜。あれからまた一週間が経とうとしている。明日も笹川くんと一緒にご飯が食べるのか、と、ウキウキしながら、自宅で1人、テレビのバラエティ番組をぼんやり眺めていた。
すると、笹川くんからLINEが入った(前回、帰り際にLINEを交換したのだ。「最近の若い子はインスタの交換が先なのかな?」と聞いたら、「そうでもないと思いますけど」とキョトンとされた。)
「課長、みてください。たいへんです!」
文章とともに、インスタのストーリー画面のスクショが送られてきた。アカウントはいつもの俺たちが行く定食屋。そこには、大きく「臨時休業」の文字が踊っていた。
「店主が腰を痛めたため、暫くの間休業」とのことだった。
な、何!?火曜日の楽しみが!?
俺があっけにとられていると、笹川くんからまたメッセージが来た。
「明日のランチどうしましょうか…?」
俺はうーんと考えて、「どこか別の所に行こうよ!何か食べたいものとかない?」と提案してみた。せっかく、笹川くんと仲良くなれたのだ。このままランチ同盟が終わるのは寂しすぎる。
そこで、俺はさらに考えて
「どんまい会ってことで、奢るよ」
と付け加えて送った。すると、すぐに
「良いんですか!?ありがとうございます!」
と、喜びのスタンプとともに返事が来た。
「実は食べたいものがあって」
と、店名が送られてきた。それを見て俺は思わず、え?、と、声を出してしまった。
「良いのか?本当にここで。」
「良いんです。っていうか、ここが、良いんです!」
笹川くんが出してきた店名は、誰もが知る、赤と黄色のハンバーガーショップだった。久しぶりに来たなあ。
「……期間限定メニューが食べたかったんですけど、ハンバーガーの口では無かったでしょうか?そうでしたら別の店に変更します。」
「い、いや!ここにしよう!いやあ、久しぶりにハンバーガーを食べるからワクワクしちゃってなあ!!あはは!」
部下に気を使わせてしまったぞ、危ない危ない!と、俺はいつもより高いテンションで答えてしまった。面目ない。
そんな俺の気持ちを見透かしたのか、笹川くんは何とも言えない笑みを浮かべていた。
店に着いた後、俺たちはそれぞれタッチパネルで(まさか直接店員に注文しなくても良いシステムになっているとは)注文し、店内の席に着いた。
俺が待っていると、笹川くんはトレイに大量のフードを乗せて現れた。かくいう俺も、普段よりはたくさん買ったのだが。
「おお……随分と大量だなあ!」
「つい張り切ってしまいまして。」
笹川くんは恥ずかしそうにしていたが、幸福さが漏れ出た表情をしていた。
「……それで、何を注文されたんですか?」
笹川くんに尋ねられて、俺はトレイの上のハンバーガーセットを見せた。俺が注文したのは、肉が多めに入っているバーガーとポテト、それからコーラのシンプルなセットだ。
「おお!王道で攻められたんですね!」
「まあ、他のメニューがよく分からないけど、これならハズレがないだろうと思ってね。」
迷った時は王道メニューやおすすめメニューをたのむ、というのが俺の中での鉄則だ。
「笹川くんは何を注文したんだい?」
「僕はですね……まずは今回のお目当てである、期間限定のハンバーガーセットです!お肉と卵とチーズが挟まった春の定番商品です!」
「おお……!そういえば、CMでみたことがあるな!」
「そして、セットで頼んだサイドはポテトで、さらに追加でナゲットも買いました!」
「ああ〜ナゲットか!いいねえ、ナゲットも迷ったんだよな。」
「ですよね?せっかくなので一緒に食べませんか?ソースも2種類買ってきたのて、食べ比べましょう!」
「さすが笹川くん!……って、おや?他にも何か持ってるみたいだけど……?」
トレイの上にまだ何があるのを見つけて尋ねてみると、
「ああ、こっちはデザートです。後でのお楽しみですよ!」
と、はぐらかされてしまった。
「さあ、というわけで……!」
「いただきます!」
俺たちは各々のハンバーガーにかぶりついた。
ガブリ。ふわり。じゅわり。
バンズのふわふわ感のあとに、他の具材の味が一気に口の中に広がった。レタス。チーズ。そして肉。どれもしっかり自己主張しつつ、それでいて邪魔しあっていない。むしろ互いを引き立て合っている。ああ。
「ハンバーガーは何て完璧なチームなんだ!」
俺は思わず口に出してしまった。やばい。変なことを言ってしまったか。
「分かります。ハンバーガーの具材って単体でも美味しいですけど、口の中で完成する芸術って感じがしますよね。」
良かった、理解してもらえた。むしろ、笹川くんの方が目をキラキラと輝かせている。
「いやあ、このパテもしっかりと美味しいなあ。肉がしっかり詰まっているよ!」
「ファストフードでもきちんと美味しいですよね!……じゃあ僕の方も、早速いただきます!」
笹川くんは俺もびっくりするほど大きく口を開けて、思いっきりバーガーにかぶりついた。
ガブリ。ふわり。とろじゅわ。
「あ〜!バーガーと卵、合わないはずがない!卵の柔らかくてしっかりした味がバーガー全体を引き立てます!」
俺は笹川くんの発言に頷きながら、次の一口を食べた。ガブリ。じゅわり。
うんうん。この肉の味。このいかにもジャンクフードって感じの最高な味。笹川くんにここに来たいって言われた時は驚いたけど、俺の口はこの味をずっと欲していた、ような気がしてくる。
次にその場にあったポテトも数本取ってかじった。
カリッ。ああ、やっぱりここのポテトは絶品だな。
そしてドリンクのコーラを吸い込んだ。ジューッ。パチパチ。
今、俺の口の中で、完全なるハンバーガーセットが完成している。
何だか懐かしい味だな。小さい頃も、時折母親に連れて来てもらってたな。あの時は弟と一緒におまけのおもちゃで一緒に遊んだっけ。
笹川くんをちらりと見ると、目をつむってバーガーを味わいながら食べていた。
俺が見ていることに気がつくと、ハッとした顔をして、
「こっちのナゲットもぜひ一緒に召し上がってください!」
と、笹川くんのナゲットをすすめてくれた。
「ああ……!ありがとう!」
少し戸惑いながらも笹川くんの誘いを受けた。
ナゲットか。これも本当に久しぶりだなあ。俺は適当に近くにあった方のソースをつけて食べた。
じゅわり。
見た目は本当にジャンキーなナゲットだけど、食べてみるとちゃんと肉の味がする!
「うまっ!……あれ、こんなに美味しかったっけ?」
「こっちのソースも美味しいですよ、是非是非!」
「……おお、また別の味も楽しいな!」
ソースを変えるだけで表情をガラリと変えてくる。何と楽しいことよ!
そうして、バーガー、ポテト、そして時々ナゲットを順番に食べていると、あっという間にトレイの上は空になってしまった。
「一瞬で食べ終えてしまった……。」
「それでは、ここらへんでデザートと洒落込みましょうか?」
そう言うと、笹川くんは手元の包みを開けた。
「おお……ミニパンケーキか!懐かしいなあ!」
「そしてこちらはフロートです!」
「フロート!」
実は、笹川くんがポテトを少し残しつつデザートに移行したことが気になっていたのだが、まさか、
「まさか、あれを、やるのかい?」
「……はい、あれをやります!」
そう言うと、笹川くんはポテトをフロートにドボンとつけた。
「おお……!CMでみたやつだ!」
「そうです!これ、結構美味しいんですよ!」
そして、笹川くんはポテトを口に運び、幸せそうな顔をした。
お、美味しいのか?俺はそういうのは基本的に認めたくないタイプなんだが。ポテチや柿の種にチョコをかけたものでさえ、何となくたべてこなかったのだが。
それにしても、笹川くんは美味しそうに食べている。
ごくり。どのような味なのだろうか。
「……なあ、一本でいいから、俺にくれないか?」
「もちろんです!騙されたと思って試してみてくださいよ!」
俺はおそるおそるポテトをフロートにつけて口に運んだ。
じょりっ。ふわっ。
「……甘じょっぱくて美味しい!」
「でしょう?意外といけるんですよ!」
なるほど、これは止まらなくなる味だ。俺が驚いた顔をしつつ楽しんでいると、
「……実はこれ、高校の友達とやってた食べ方なんですよ。」
「お、そうなのか?時代を先取りしてたんだな?」
「はい……今日、目当てにしてきた限定バーガーも、その友人たちと食べたものなんです。」
「おお、青春の味ってやつか。」
「はい。……高校の近くに店があったので、部活終わりに、よく来たんです。友達は皆、別々の県の大学に進んだのですが。それて卒業式の後、皆でこの限定バーガーを食べながら、お互いに頑張ろうなって約束したんです。」
何と素敵な話だ。俺は図らずも感動してしまった。
そうか。彼が目を閉じながら食べていたとき、彼は眼の前のバーガーというより、思い出を食べていたのだな。
チェーン店だって軽んじられがちかもしれないけれど(というか俺も今日笹川くんとが来たいって言ったとき、チェーン店かって思ったけれど)、変わらない味って、すごいんだな。いつ来ても楽しめる場所って、安心するよな。
そうしてしみじみとしながら、俺たちはポテトとフロートとパンケーキを完食した。ふう。かなりの満足感だ。
「ごちそうさまでした!」
「笹川くん、定食屋の休業に気がついてくれてありがとうな!久しぶりに食べたハンバーガー、美味しかったよ!」
「俺も友達と会う前にに思い出のバーガーを食べられて良かったてす!」
「うんうん、高校の放課後の味ってすごく美味しいよな……って、もうすぐご友人と会うのかい?」
「はい!今晩、皆久しぶりに会うんです!」
「え、今晩?」
「今晩です!皆でグルメバーガーを食べるんです!」
そう言って笹川くんはハンバーガー屋のホームページを見せてくれた。アボカド、エビ、肉など、たくさんの具材が入った、おしゃれなハンバーガー屋だった(すごく分厚いバーガーだ。どうやって食べるのだろう)。
「……余計なお世話かもしれないけれど、夜もハンバーガーなのに、昼はここで良かったのかい?」
俺はおそるおそる聞いてみた。
「はい。……グルメバーガーを食べたいときと、ファストフードのハンバーガーを食べたいときって、違うじゃないですか。」
笹川くんはキョトンとしていた。
……ああ、確かにステーキを食べたいときと牛丼チェーンを食べたいときは違うかも……いや、2食ハンバーガーはすごいな。サイドもたっぷり食べたから結構来てるはずだぞ。若さだな。
俺は苦笑いしながら笹川くんと別れた。
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