80年前のこと

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 その頃、シュルツ領の中心に位置するファミル街では、突如現れた一人の踊り子が近年にない目覚ましい人気を博していた。  彼女の名はミレリ。男性なら誰しもが恋してしまう程の美貌の持ち主である。  彼女に全く興味を感じていなかった怪盗二枚腰ではあったが、スポイトットの効力を試すには彼女のファンが絶好のターゲットであった。  彼は彼女が出演する舞台に赴くと、熱の強そうなファンの男性を見つけ、その背後にまわりスポイトットを記述書通りに使用してみた。  だが、何事も起こった気配を感じない。  どうしたものかと、彼は取り敢えずスポイトットの吸い込み口の細い先を覗き込んで見る。そして、恋心を吸い取る時と同じように腹の部分を親指と人差し指の日本で押して見る。  だが、そこからは何も出て来ない。  彼は「恋心なんか吸い取れる訳がないか…。どうせ領主に商売で入り込みたかった商人の口車だろう」そう思いガッカリはしたものの、折角だからとその踊り子の舞台を最後まで見て帰ることにした。  それが切っ掛けであった。彼はすっかりその踊り子に見せられてしまい、ファンとなってしまうのである。  それからと言うもの本業の盗みはそこそこに、彼は頻繁にその舞台に通うようになったのである。  その踊り子に嵌まれば嵌まる程、他のファンに嫉妬してしまう自分が居る。そうなると独占欲の強い彼は、ライバルの他のファンたちを排除したくなってしまう。  彼は気休めとは思いながらも、彼女のファンを見つけては盗んだスポイトットを使い続けたのである。  そんな日々を送ること一か月、彼の心が熱く燃え上って行くのに反して、彼女の人気が衰退していくのを感じ始めた。  それがスポイトットの効果なのかは半信半疑であったが、どちらにしろ彼にとっては好都合であった。  彼女の人気が衰退すると言うことは、ライバルが減ると言う事になる。  それを歓迎した彼はその好機を逃すまいと、まずは彼女の心を得るために何度も装飾品を購入しては送り続けたのである。  実は、彼が彼女ののファンに対し、スポイトットを使用してもその効果が直ぐに感じられなかったのは、人と言うのは、急に恋心を失っても恋をしていたと言う記憶が邪魔をして直ぐには効き目が現れないからであった。
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