ハルコホリック

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「そうね。見たいな、佐伯君の顔」  春湖は何度か頷いてから、葬儀場の窓を振り返る。通夜振る舞いの最中なのだろう、廊下には誰もいない。 「じゃあ、行ってくれば? 友達ですって言って頼めば、会わせてくれると思うけど」 「でも、さっきの喧嘩で、ご家族に迷惑を掛けてしまったわ。招かれざる客にならないかしら」 「あー、それなら大丈夫。佐伯の両親、喧嘩自体に気付いてないっぽかったから」  俺の言葉を聞いた春湖はこちらに向き直り、「そう」と安心したような声を出した。  葬儀場へ戻るのだろう、ベンチから立ち上がる春湖を目で追う。ここへ来た当初よりも、彼女の輪郭がくっきりとしたように感じられた。 「ありがとう、寒い中付き合ってくれて。私、ちょっと行ってくるわね。君はどうするの?」  春湖のくっきりとした眼差しに向かって答える。 「俺はここにいるよ」  思ったよりも穏やかな声が出た。  俺の態度とは裏腹に、彼女は珍しく狼狽えている。 「え……? あの、別に、これ以上気を使わなくてもいいのよ? ずっとこんなところにいたら、風邪を引くわ。戻りも遅くなるかもしれないし」 「待ちくたびれたら、先に帰るよ」  俺が一歩も譲らないのを理解したのか、春湖は真剣な表情になると、 「ありがとう」  静かにひとこと、礼を言った。俺に背を向けて、葬儀場の入り口へと歩き出す。屋根のある場所から一歩外に出ると、降り続く雪が春湖の髪とコートに次々と貼り付いた。地面はうっすらと白くなっている。
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