ハルコホリック

8/12
前へ
/12ページ
次へ
 俺の言葉を聞いた春湖は目を見開いて、信じられない、というような顔をした。  確かに、あくまで自分の感じたままを言ってみただけで、真相はもう確かめようがない。  弁解しようと口を開いたが、 「すごいわね、一度見ただけで気付けるなんて。私は佐伯君が教えてくれても、ずっと信じられなかったのに」  春湖の声がそれを止めた。 「佐伯が……言ってたのか?」 「ええ。佐伯君に直接言われたの。『俺は絵の中に春湖の姿を写している』って。そうしてから、彼の絵が評価されるようになったみたいよ」 「本当にそうだったのか、知らなかった」  今度は俺が瞠目する番だった。佐伯の絵が放つ独自の個性。その秘密を、今ここで春湖の口から知ることになるとは。  二人の間に特別なやり取りがあった事実への驚きもあった。佐伯にとって春湖は自分を崇拝する人間の内のひとりで、存在を軽んじていると思っていたのだが。 「絵をね、貰ったの。佐伯君に。私の肖像画」  落ち着きを取り戻したらしい春湖が、静かな声で話し出す。 「へえ、それも知らなかった」 「私も驚いたわ。写真を見て描いたそうよ。自分が佐伯君のキャンバスの上にいるのは、不思議な気分だった。モデルさんのような華はないけど、素晴らしい作品だったわ。その時に教えてくれたの」 「ふうん。二人って、意外と仲良かったんだな。春湖の絵か。俺は見たことがないけど」 「誰にも見せてないもの。だって、貰った日は」  春湖が口にした日付を聞いて、俺は息を呑んだ。  佐伯が自殺する前日だった。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加