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俺の言葉を聞いた春湖は目を見開いて、信じられない、というような顔をした。
確かに、あくまで自分の感じたままを言ってみただけで、真相はもう確かめようがない。
弁解しようと口を開いたが、
「すごいわね、一度見ただけで気付けるなんて。私は佐伯君が教えてくれても、ずっと信じられなかったのに」
春湖の声がそれを止めた。
「佐伯が……言ってたのか?」
「ええ。佐伯君に直接言われたの。『俺は絵の中に春湖の姿を写している』って。そうしてから、彼の絵が評価されるようになったみたいよ」
「本当にそうだったのか、知らなかった」
今度は俺が瞠目する番だった。佐伯の絵が放つ独自の個性。その秘密を、今ここで春湖の口から知ることになるとは。
二人の間に特別なやり取りがあった事実への驚きもあった。佐伯にとって春湖は自分を崇拝する人間の内のひとりで、存在を軽んじていると思っていたのだが。
「絵をね、貰ったの。佐伯君に。私の肖像画」
落ち着きを取り戻したらしい春湖が、静かな声で話し出す。
「へえ、それも知らなかった」
「私も驚いたわ。写真を見て描いたそうよ。自分が佐伯君のキャンバスの上にいるのは、不思議な気分だった。モデルさんのような華はないけど、素晴らしい作品だったわ。その時に教えてくれたの」
「ふうん。二人って、意外と仲良かったんだな。春湖の絵か。俺は見たことがないけど」
「誰にも見せてないもの。だって、貰った日は」
春湖が口にした日付を聞いて、俺は息を呑んだ。
佐伯が自殺する前日だった。
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