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「明日は天気が崩れるらしい。きっと寒くなるよ。雪が降るかもしれない」
あなたは二杯目の珈琲を飲み干すと、眉間に皴を寄せました。生真面目がゆえに厳しい印象を与える顔には、憂鬱だとはっきり書いてあります。
「風邪を引かれないよう、お気を付けくださいね。外回りは大変でしょう」
「うんと厚着をしておくから問題はないよ。問題なのはむしろ、君のその手の方だ」
あたたまって血色の良くなった私の手を見て、あなたは目を細めました。
「私は事務仕事ですから。寒いのはせいぜいバス停までの歩く時間と、バスを待っている間だけです。特に問題は」
「それでも」
めずらしく私の言葉を遮ったあなたは。
「ほんの少しでも僕は、君に寒い思いをしてほしくないんだ」
今までで一番熱のこもった視線を私に向けました。探偵映画を見ている時の鋭い瞳とは違います。恋愛映画を見ている時のような、気恥ずかしさを纏っていました。
見てる方が寒い。私はその言葉を比喩として捉え、受け流していました。けれど、違ったのですね。あなたは本当に私の手を見て、姿を見て、自分のことのように寒さを感じていたのでしょう。
あまりの愛情深さに言葉を失いました。
ですが、私はあなたではありません。私の手が赤いからといって、手袋の下のあなたの手が赤くなることはないでしょう。あなたは知らないのです。手袋越しに繋がれた私の手が、決して冷たくないことを。
「そろそろ帰ろうか」
はっとして古い掛け時計を見やると、短針は八と九の間を指していました。いつもより二十分ほど早いことに名残惜しさを感じましたが、あなたは私の返事を待たずに伝票を取り立ち上がりました。
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