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春から初夏へと季節が変わる頃の、清々しい朝のことだった。
小学生のリリ子は目覚めるなり、ゾッとして、全身からサーッと血の気が引いた。昨夜 眠る時には枕元に置いたはずの、熊のぬいぐるみが、今はリリ子の足下に座っている。ぬいぐるみの目とリリ子の目が合い、リリ子は恐怖で震えている。出るのは汗ばかりで、声など出せない、目を離すこともできない。
必死に後ずさりながら、ベッドから部屋の戸まで移動して、なんとか部屋から出て来れた。階段を降りてくるリリ子を見たお母さんは、その顔色の悪さに驚いて 体温計を持って来た。
「お母さん、風邪じゃないの。あのね…」
リリ子は、信じてもらえるかは わからなかったけど、熊のぬいぐるみの話をした。
「嘘だと思うならそれでいいの。夜、お母さんの部屋にぬいぐるみ置いて寝てみてくれる?」
熊のぬいぐるみは、2年前の誕生日プレゼントに、祖母がくれた物だった。やや大きめで、リリ子の腰くらいの高さだ。
お気に入りで、いつも枕元に置いていたのに…余程 怖かったんだろう、と お母さんは想像した。そして「お母さんは部屋にぬいぐるみとか置かない性格なの。その話は後にして、ご飯を食べちゃって。学校から帰ってから決めよう。」と、ぬいぐるみを断った。お母さんも怖がりなのだ。
「…うーん。」
リリ子は不安が晴れないまま、朝食を済ませた。部屋では、ぬいぐるみに背中を向けないように着替えて、ランドセルを背負って部屋を出た。
帰宅後も、リリ子は茶の間で過ごしていた。夕方になり、お父さんも帰宅すると、リリ子は急いでぬいぐるみの話をした。
お父さんは、寝惚けたんだとすぐにわかったけれど「え?あのデカい熊が動いたのか。」と、話を合わせた。そして、ぬいぐるみを寝室に置くことを承諾したが、またもお母さんが断った。2人の寝室は一緒だから。それでも、ベッドは別だから、お父さんはリリ子に「お父さんと寝るか?」と訊ねた。リリ子は嬉しそうに頷き、お父さんも一瞬 目が丸くなったけど、嬉しそうな顔になった。
お母さんも、ぬいぐるみの処分などはどうするか決まらなくても、静かに眠れることに安心した。
その夜。
夫婦は、衝撃を受けることになる。
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