雪の思い出

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 鈍色の空だ。季節が一つ巡っても景色は相変わらずだ。すっかり動く様になった体で雪に埋もれた寝床から立ち上がる。嫌な事を思い出したと、椿は眉を顰めた。 「お嬢様。お目覚めでしょうか。」  背後から椿(つばき)の見知った声がした。少しだけ目をやれば、執事服を着た端正な顔立ちの男が立っていた。青山だ。椿は少しだけ肌けた浴衣の帯を締め直す。  「あぁ、目覚めたよ。」  椿は艶やかな腰まである黒髪を(なび)かせ優雅に振り返る。  雪に匹敵するほどの真っ白な肌。漆黒の込まれそうな瞳と、形の良い赤く染まった唇。二十五歳になった椿からは、沸き立つ様な色香が溢れる。  青山は椿よりも五つ上の異性だ。長い間桐生院家に使えてきた青山でさえ、椿の色香に血が沸る。椿の真っ白な首筋に噛みつき、押し倒してしまいたい衝動に駆られる。  だが、青山にそれは許されない。 「妹君の(かえで)様がもうすぐ此方に見えられる様です。」 「そうか。会ってくる。」 「私も一緒に行かせて頂きます。」  そう言って椿の後に続こうとする青山を右手で牽制する。袖から椿の華奢な腕が覗いた。 「よい。1人で行く。」 「しかし、椿様を殺したのは妹君の楓様ではないですか。」  言葉を聞いた瞬間、これでもかとばかりに、漆黒の瞳が見開かれた。 (そうか、私は死んでいたか。)  楓は忘れかけていた事実を改めて実感した。だがしかし、青山の言葉には聞捨てならぬものかあった。青山を睨みつけ、絞り出す様な声で唸った。 「私は、付いてくるなと言った。これ以上言わせるな。」  青山は身体をすくませ動かなくなる。当然青山はそれ以上、着いて来なかった。
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