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風鈴と薔薇
鈴、と涼やかに風鈴が鳴る。季節は夏。昼過ぎは最も暑い時間で、その中で響く涼の音は耳に心地良い。
縁側に腰掛けた彼女は、突然の来訪者に驚く様子もなく何か言う気配もなかった。その視線は庭に向けられたまま、こちらを振り返りもしない。
「お姉ちゃん、何回か呼んだんだけど」
これに対しても反応がない。
耳でも遠くなったのだろうか。それともまさか眠っているのか。
いずれにしても、ここでムキになれば姉に揶揄われるのは目に見えている。ため息をついて室内に視線を映す。畳敷きの和室に、大きな座卓が置かれている。机の上には、何もない。いつもなら、電気ケトルと、姉の大好きなローズティーが並んでいるのだが。
手近なところに荷物を置いた。隅で山積みになっている座布団を引っ張ってきて、座卓を前に腰を下ろす。
実家は曾祖父の代から使われている日本家屋。小さい頃は価値などわからず、新築のマンションに住む同級生が羨ましかった。夏のこの時期になれば、親戚一同が集まって座卓を囲んだのを覚えている。
仰いだ天井は、そのときよりは近く、けれど寂しいものだ。
「お姉ちゃん」
縁側に座ったまま、こちらに背を向けている姉に声を掛ける。
「この家、売ったら?」
いつからか、夏になっても人が集まらなくなった。祖父母も亡くなれば住むのは父と母と、私たち姉妹だけ。既に両親は手放すことを決めていて、引っ越しも終わっている。あとは姉次第だった。
こんな広い家、手入れだってできないだろうに。
家や土地の価値はわからないけれど、維持費がかかるくらいなら二束三文でも売ってしまった方がいいに決まっている。
少し待って、しかし姉の返答がないのがわかると、私はもう一度、ため息をついた。
「ちょっと寝るね。なんか疲れたから」
もう一枚、座布団を引っ張ってきて枕代わりに横になる。
鈴、と涼やかな風鈴の音の中に、どこか薔薇の香りが混ざっている気がした。
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