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夏の夜空を観察してみよう。
そんな課題が学校から出たのは、小学校のときだったか。子どもだけで夜道を歩きまわるのは危険だからと、クラスの中の良い友だちと、家の庭で観察をした記憶がある。おとなたちは縁側で楽しそうに話しをしていて、こちらは宿題をしているのにと、不満に思ったのも覚えている。
ここまで明確に当時を覚えているのは、ずっと優しかった祖父を、生まれた初めて「怖い」と思った日だからだ。
家の庭には物置があった。祖父が庭いじりをするときなどに道具を取り出していた物置だ。普段からよく入り込んで遊んでいたし、そのたびに「危険だからダメだぞ」と叱られたものだった。
その日、観察が終わって友だちの記録を待っている間。暇だったからと物置を覗こうとした。もう夜で、中が見えるわけなどないとわかっていたのに、なんとなく見てみたいと思ったのだ。
「おい」
それを引き止めた祖父の声が、かつて聞いたことないほどに重く、低く、おそろしいものだったのを、覚えている。自分の肩を掴む祖父の手が、鬼の手なのではと思うほど、大きく、強いものだったのを、覚えている。
「危険だから入ったらダメだと、いつも言っているだろう」
「え、と、ご、ごめんなさい……」
「わかったなら離れなさい」
結局、宿題が終わって戻ってみればいつもの優しい祖父に戻っていて、しかもお菓子までもらってしまったものだから、恐怖も一気に霧散してしまった。しかも当時にしては珍しい夜更かしだったから、楽しい思い出の側面の方が強く残っている。
ただ。
今でも少しだけ、夜の物置は怖かった。
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