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小さい頃、庭の一画に薔薇が植えられていた。毎年夏の前と終わりに、薔薇の香りが庭に漂っていた。
赤くて鮮やかな花弁が開くたびに、もうすぐ夏休みだ、と呟けば、「さすがにそれは早すぎる」と母親に苦笑されたものだ。
祖父が手入れするのを眺めては、茨で怪我をしないようにと念を押された。特に子どもの身長では、茨の棘が目に入ることもあるからと、ゴーグルをつけるように言われた記憶もある。
だが、いつからか庭から薔薇の香りがしなくなった。祖父が死んでからかもしれない。庭の手入れを誰よりやっていたのが祖父だったから、手入れをする人がいなくなって、少しずつ庭が死んでいったのだろう。
ローズティーを家の中でよく見るようになったのは、そんな背景があったからだろう。家族の誰となしに、庭から漂う薔薇の香りを懐かしんだのだ。
誰かが淹れるたびに家の中で仄かに薔薇の香りが漂う。
「この香りを嗅ぐと落ち着くわ」
「でも、やっぱり本物には及ばないね」
「やっぱ枯らす前にちゃんと世話をするべきだったな」
枯れてしまった薔薇を再度育てるほどの気力は、家族の誰も持っていない。だから、加工され、流通している、半ば人工的なお茶の香りで満足する。
「✕✕は特に好きだったわよね」
そう言ってきたのは母だったか。
それに大きく頷いたのも覚えている。
「✕✕は薔薇の世話もよくやっていたじゃないか」
母の言葉を受けて、父が懐かしむように言う。
「あんなに世話をしていのに、今では近寄りもしなくなったけど」
「確かに。どうして?」
「だっておじいちゃんもういないもん」
両親の疑問に首を傾げる。確かに、祖父と一緒に薔薇の世話はしたけれど、それは祖父と一緒だったからだ。
その明朗な回答に、両親がどんな顔をしていたのかまでは、覚えていなかった。
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