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草原のなかに佇む、少し小さめの明るい色合いの家。
周囲に何も無いせいか、心地の良い風が強めに吹き抜ける。
遮蔽物が無いおかげで日当たりもよく、扉を開けると下駄箱脇の小窓から柔らかな光が差し込む。
“今日も来たよー。皆居るー?”
靴を脱ぎながら中へと声を掛ける。
「おかえり!いっちゃん!来たよー!」
靴を脱ぎかけて屈んでいると、頭上から元気な声が聞こえる。この声は…
“ただいま陸。”
玄関を上がりながら頭を撫でて返事をすると、一層元気な声で返ってくる。
「なぁ!今日もあれやるの!?それとも別のこと!?」
ハツラツという言葉がぴったりな少年が一人、明るく出迎えてくれる。
だが、少々元気過ぎて矢継ぎ早に質問をされ答えることができずに居ると、
「いつまでもそんなところで話してないで中に入りなさいよ。」
「那奈!」
「あと、声が大きい。
悟があんたの声にビビってひっつき虫になっちゃってるわよ。」
からかい混じりにクスクスと笑いながら少女は
もう一人の少女の足にしがみついている同じくらいの背丈の少年を見やる。
「……少し…びっくりしただけだもん…。」
前髪が長いせいで目元は見えないが、鼻をすする音が聞こえる。ちょっと泣いてるかも。
「ごめんな、悟!嬉しくてつい…」
今度は少し声のボリュームを抑えて、悟に気遣うように話しかける。
「ん、大丈夫…。」
…あ、ちょっと笑ったかも。
「おかえりなさい。那奈の言うようにここじゃなんだし、中に入りなよ。」
“ただいま壱佳。うん、そうする。”
足元には悟を、腕には赤ちゃんを抱えて出てきた少女…壱佳にも促され、下に向けていた視線を上げてリビングへと足を踏み入れる。
玄関が明るかったせいか、少し薄暗くも感じるリビングルームには、食事用のテーブルとゲーム画面が点きっぱなしのテレビ、テレビ前のちゃぶ台には開きっぱなしのドリルと鉛筆と消しゴムが広がっていた。
“宿題してたの?”
「那奈と悟がね。」
“陸は?”
悟と那奈の柔らかめの髪を撫でながら聞くと、先に部屋に入っていた陸が小走りで寄ってきて、
「ゲームやってた!今日こそはオオムラサキ採るんだ!あ、ちゃんと宿題は終わらせてからやってるぜ!」
“そっか、ちゃんと終わらせて偉いね。”
「へへっ!」
陸の少し硬い髪の押し返してくる感触を楽しみながら撫でると嬉しそうにそう返してきた。
例えるなら開きかけのひまわりのように、少し照れくささを感じた年相応の、実に可愛らしい笑みだ。守りたい、この笑顔。
「ねぇ、どうせ来たなら宿題見てよ。
わたしも悟も国語がニガテなの知ってるでしょう?さっきまでは陸に手伝ってもらってたんだけど、‘ぐおーっ!’とか‘ばーっと!’とかでイマイチわからないの。」
那奈が陸の身振り手振りを真似ながら強請ってくると、それを見た陸が少しむくれながら答える。
「だって‘さくしゃ の 思い’なんて感覚だろ?説明がむずかしいんだよー。」
「これで成績がいいの本当に不思議なんだよねぇ…。」
壱佳は少しだけ遠くを見ながら呟いた。
“確かに。”
笑いながらそう答えると、那奈と悟に腕を引っ張られる。
“うぉっと、急に引っ張ると危ないよ。”
「ねぇ、いいでしょ?そんなにいっぱいじゃないから!」
悟もコクコクと頷きながら懇願の眼差しを……向けているんだと思う。見えないけど。
“んー?いいよー?どうせ、まだあと二人来てないし。待ってる間にやっちゃおうか。”
「ありがとう!」
まだ出てこない二人を待ちつつ、数字には強いくせに、人の心を理解しきれないと幼い心で悩む、可愛らしい二人の頼みを聞いてやることにした。
“陸はその間にオオムラサキ捕まえてね。”
「そんなカンタンに採れたら一週間もやってねぇよ!」
「ふふっ、頑張れー。私はこっち座って見ててあげる。」
壱佳は笑いながらそう言って、ちゃぶ台近くのソファに赤ちゃんを抱えたまま座った。
皆との会話に花を咲かせながら、ふと部屋を見渡すと、入ってきた時は薄暗かったリビングが、皆の笑顔で少しだけ明るくなったような…そんな気がした。
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