008

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鋏。切る為の刃物。 凄く痛いから、せめてもう少し切れ味の良さそうなものか目的に近いものにして欲しい。ナイフとか、包丁とか。 (死んじゃう……死ぬ……ぁ……) 其処に並べてあるのは私だ。私だったものだ。ひとつずつ取り出して、生地の上に。 (…………え?) オーブンから出て来たのは真っ紅なパイだった。格子状の生地の下、ぎっしりと敷き詰められた甘い匂いは真っ紅なチェリー。 (駄目、駄目、喰べないで) だってそれは、紅黒い果実の下にあるそれは、今…… 嫌だったら眼を開ければ良いと教わった事を薄っすらと思い出し、少女は夢から醒めた。起き上がるより先に自らの体を触ってみる。痛みは無い。傷は無い。血は出て居ない。そうして、全てが夢だったのだと漸く実感出来た。気怠い体を引き摺る様に階段を降り、明かりが漏れて居る扉を開けた。 「起きたのか」 其処に居たのは右眼に十字のタトゥーを入れた少年。テーブルには大きな皿があり、格子模様の焼き菓子が乗って居た。紅い色が見える。切り分けられた部分が彼の前の小皿にあった。 「……それ」 「姉さんが焼いた。喰う?」 夢で見たものとそっくりな、チェリーパイ。断面の紅がやけにグロテスクに見えた。 「……要らない」 「だよな」 そう。甘いのは好きじゃ無い。
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