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『どうして……ねぇ、どうして? こんなことやめろって、注意してくれないの』
一度落ち着いたところで、彼の頼みである、キスシーンの練習に付き合うことに。わたしは台本を見ながら、「女子高生」になりきる。
わたしは今、かずくんが演じる「先生」に恋焦がれるひとりの女の子。
手を触れても、ハプニングのような唇の触れ合いにさえ動揺することのない相手に、わたしはどうしようもない気分になる。
『ごめん。おれはずるいおとなだから、こんなことで黒川の気が済むのなら、いくらでも受け入れるよ』
先生に憑依した彼は、わたしのすることに抵抗はしないつもりでいるみたいだ。台本通り、彼に近づき、口づけする。
本当は一度でいいはずなのに、本来先生はされるがままのはずなのに、向こうからわたしの唇をむさぼるようにキスしてきた。
「ちょっ……かずく、」
「こら。今は“先生”、だろ」
「……」
ーーなによ、その言い方。
結局、コスプレしたわたしにいたずらしたかっただけじゃない。
「かずくんなんてきらい」
彼がキスシーンに弱音を吐いたと勘違いしてしまったわたしの落ち度とはいえ、ここまで辱めを受けるほどではなかったと思う。
「ダメ。おれがおひいさんのことすきだから離れてあげない。それよりほら、こっちに集中して」
そう言って、かずくんは顔を横にそらすわたしの顎を軽くつかんで、再び口づけてくる。
ーー絶対、こんなにする必要ないでしょ。
台本に変更があって増えたとしても、せいぜい1〜2回くらいだろう。舞台でのキスシーンならともかく、撮影であればリハではしないだろうし、最低限しか行わないはずだ。
「……ね、もうわかったから、せめて、着替えさせて。苺和が帰ってきちゃう」
「なに言ってんの? 苺和は修学旅行なんだから今日は帰ってこないよ」
ーーそうだった。
頭がこんがらがって、早朝元気に家を出て行ったのを失念してしまっていた。
台本が届いたのは、たぶん予測できなかったことだろうけど、娘が帰ってこないということをわかっててわたしに仕掛けてきたのが、わたしも何も考えずに承諾してしまったのが悔しい。
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