予告 10 (猫を狩る 17)

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予告 10 (猫を狩る 17)

※ 動物虐待の描写があります。推奨の意図は全くありませんが、ご不快に思われる方は閲覧を中止してください。 10  葉月の様子に不安になって、すぐにもう一度自宅に電話をしたけれど、誰も出ない。早苗が無事なことはわかっているはずだ。  わざわざ洗濯機が回っている洗面所から電話をしてきたり、突然泣き出したり、マオの話を始めたり、葉月の不可解な行動が気になってはいたけれど、所詮は十五歳の子供なのだ。ただ単に淋しかったり、かまってほしかっただけなのかもしれないと思う。いつもは何の挨拶もなく、唐突に電話を切るのに、さっきはママバイバイだなんて。そんなことを言われたのは、葉月が小学生のとき以来だ。それから、マオは帰ってこないと言っていた。マオが帰ってこないのではなく、マオはもう帰ってこないと。葉月はマオがなぜ帰ってこないのか、知っている。マオを虐待している誰かを知っていて、マオに何かとんでもなく取り返しのつかない危害が加えられたことを知っているのか。  ちがう。  なぜ気がつかなかったのだろう。  葉月が苛めていたのはマオだったのだ。弱いものを苛めるなとか、あまりやると化けて出るとか、あの子を殺して自分も死ぬとか。  脱水機!  早苗はタクシー乗り場に向かって走った。タクシーの中で、葉月がカズに宛てたメッセージを遡る。 ――猫に当たるなんて最低だよね。わかってる。あいつが慌てて獣医に連れてったりするのを見てると、ざまーって思う。あたしに何かあったら、あんな親でも心配するのか、よくわかんないけど。でもそれより、怪我をしたマオをごめんねって一晩中撫でてあげるのが好き。病んでるよね、あたし――    タクシーが止まる。もどかしさにもつれそうになる足で走り、ドアノブをひねる。鍵がかかっている。バッグから家の鍵を取り出して差し込む。 「葉月! 葉月! どこにいるの?」  家の中は物音ひとつしない。洗面所に入り、洗濯機を開ける。洗濯層の底にマオがうずくまっている。抱き上げる。マオは恐怖に目を見開いて、手足を硬く強張らせている。温かいはずの体は、剥製のように冷たい。叫びたくても声が出ない。誰かが浴室を使った後のような湿気を感じて、観音開きの浴室のドアの取っ手を思い切り引っ張る。内側から施錠されていて開かない。葉月はそこにいる。 「葉月、開けて!」   すりガラスの向こうから目を凝らして、中の様子を伺う。天井からぶら下がる娘の姿を想像し、息ができなくなる。かすかな水音が聞こえて、神経を研ぎ澄ます。浴槽が真っ赤に染まっている。 「葉月、お願い。開けて!」  力任せにドアの取っ手を引っ張り、押し、ガラスを叩く。    葉月が幼いころから、ひどい扱いをしてきた。いつか仕返しに遭うのを恐れていた。恐れながら期待していた。やり返されるというのは、許されるのと同じだ。こんなことになるなんて、予想だにしなかった。体ごとぶつかるようにガラスを叩くと、洗濯機の上から何かがどさりと落ちた。マオがかっと見開いたうつろな眼で早苗を見つめている。その視線から逃れるように、早苗は、浴室のドアを叩き続けた。                              (予告 了)
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