眠りから覚めると世界は 3(猫を狩る 51)

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眠りから覚めると世界は 3(猫を狩る 51)

3      家に帰ると、ソファの上で美里が猫じゃらしを握りしめたまま眠っていた。ねねと遊ぶために、どこかから探し出してきたのだろう。ねねはソファの下で香箱を組んで目を閉じている。それにしても、美里の眠っている姿はつい見とれてしまいそうなくらいに可愛い。殴り合いをしないのはおかしいとか、刺すとか刺されるとか雅人は言うけど、そんな気にはとてもならない。その上、裕二と別れてほしいと言いに来たのではなく、裕二が可哀想だから謝って家に帰るように言ってくれとか、裕二が本当に好きなのは郁子で、私のことなんて好きじゃないとか、主張も普通の不倫相手とはちょっと違う。いったい何が目的で家に乗り込んできたのかよくわからない。あるいは、夢見がちな不思議ちゃんの振りをして、裕二を奪おうとしているのだろうか。考えられなくもない。でもそこまで腹黒いようには見えない。裕二から花梨にと渡されたものは、可愛らしい猫の刺繍を施されたピンクのハンドタオルで、花梨がピンク色のものなんて一切持ち歩かないことは裕二ならわかっているはずだ。ハンドタオルは美里が買ったもので、家に乗り込んでくる口実だったのだろう。というか、自分の家なのだから、帰ってきて話をするのが筋ではないのか。でも、おそらくまだ仕事をしているのだろう。電話をかけようと思った。恐ろしく不機嫌な声で電話に出るのは目に見えている。それから何と言ったらいいのかをしばらく考えて、やはり電話をするのはやめた。  葉月は無事に家に帰ったのだろうか。それともまだ警察署にいるのか。早紀に連絡しておいたほうがいいと思ったけど、連絡先を知らない。いや、ブログにメッセージを送ればいいということに今まで気づかなかった。一度はブロックされたけど、アヤカという主婦の動きを探るために別のアカウントを作ってウォッチしていたのだ。葉月のことで話があるので連絡してほしいと、短いメッセージを送信した。  小田家に電話をかけると、花梨はまだ起きているようなので、迎えに行くと小田の家に坂本がいた。 「谷村さん、大変なことになってるみたいだけど……いったい何があったの?」  坂本が心配そうに郁子に聞いた。小田には、葉月のことはあまり詳しく話していなかったし、花梨にも家出していたことは知られていないはずなのに、なぜ坂本までがこんな夜遅くに小田家にやってきたのか? 「あのね、谷村さんには黙ってたけど、知らない人から写真が送られて来てて……谷村さんにはモデルかなにかやっているの? あの写真と、谷村さんのご主人の女が乗り込んできたことって関係があるの? 合成写真で脅されてるとか……」  雅人が撮った写真は坂本にまで送られていたのか。早紀にはおそらく郁子のすべての連絡先を押さえられている。そして、坂本は葉月ではなく、美里のことを言っているようだ。花梨が小田に喋ったのだろう。 「あの写真のことは、ごめんなさい。変なものをお見せしちゃって。ちょっと込み入った事情があって。でも今うちにいる裕二の同僚って人には関係ないことで……今日はもう遅いし、花梨も眠たそうだから帰るわね」 「ちょっと待って。その人まだ居座ってるの? 花梨ちゃんに危害を加えられたりしたらどうするの?」  小田の声のトーンが上がる。 「とにかく、私達もいっしょに行く。何かあったら大変だから。ほら小田さんテニスラケット持って」  坂本は、けっこう熱くなりやすい性格なので、こういうときには始末に負えない。困った。でも、つい昨日までこのマンションで孤立していたのに、ふたりが味方になってくれるのが嬉しかった。 「テニスラケットは要らないと思うけど、じゃあうちに来る?」  ふたりとも、すでも引っ込みがつかなくなっているのだろうし、ここで言い合いをしていてもしょうがないので、郁子はふたりとともに花梨を連れて家に戻った。  
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