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眠りから覚めると世界は 10(猫を狩る 58)
10
「あのアパートに戻ったのかも。杏は残りたいって言ってたから」
葉月が、何度も瞬きをしながら言った。記憶を辿るときの癖なのだろう。でも、そんなところに花梨を連れて行く必要はないはずだ。人質のつもりなのだろうか。
「あ、でも杏は携帯もお金も持ってないから、行けないか。警察で返してくださいって言ったのに、返してくれなかったから」
「じゃあこの辺りにいるってことね」
何ということをしてしまったのだろう。余計なことに首を突っ込んだ挙げ句に、こんなことになってしまうなんて。
「裕二、本当にごめん。私、どうかしてた。花梨に何かあったら……」
私の責任だと、言おうとして口を噤んだ。口に出してしまったら本当に取り返しのつかないことが起こるような気がした。
「そんなことを言ってる場合じゃないだろ。とにかく花梨を探さないと」
窓から外に出たのだから、家の中にいるとは思えなかったけど、とりあえずトイレや浴室、寝室を確認した。やはりどこにもいない。小さな弟のための絵本のストーリーを諳んじているような子だから、すっかり信用してしまっていた。玄関のドアを開け、外に走り出たところで、裕二に腕を掴まれた。
「郁子、落ち着いて。僕は車でこの辺りを探すから、郁子はマンションの周りを探して。見つかったら連絡が取れるように、携帯持って」
「わかった」
「じゃあ俺も車で駅の方に行ってみる」
雅人がドアをすり抜け、マンションの前に停めてあるシルバーのバンに向かう。
「警察がこっちに向かってるから、私と葉月はここで待ってる。何かあったら連絡して」
慌てて早苗と連絡先を交換した。小田と坂本もマンションの建物の中や周辺を探すと言って外に出た。
「郁子さん、杏は空を見るのが好きって言ってたから、もしかしたら屋上にいるかも」
葉月が思い出したように言った。
「ここは屋上には上がれないのよ。鍵がかかっているから」
この非常事態に空を見るのが好きなんて、歳より大人びてはいるけど、やっぱり十五歳は子供だなと思う。でも、杏だって葉月と同じくらいの子供なのだろうから、方向性はあながち間違いではないかも知れない。杏は何を考えて花梨を連れて家を抜け出したのだろう。警察の捜索から逃れるためだとばかり思っていたけど、それならばまずは金目のものを物色して逃走資金を得てから、効率的に遠くに逃げようとするのではないか。でも、家の中はまったく荒らされていなかった。いったい何のために逃げたのか? 突然、恐ろしく嫌な考えが頭の中に浮かんで、喉元を押しつぶすように膨れ上がってくる。
「葉月さん、まさか……」
死のうとしているのか。でもなぜ花梨まで連れていくのか。
「言いたくないけど、たぶん……」
叫びそうになるのを堪えて、ドアの外に走り出た。屋外階段が見えるマンションの角まで全速力で走り、斜めに連なる鉄筋コンクリート製の屋外階段が平らになった踊り場を見上げ、全身の血が逆流した。一番上の踊り場の柵に座っているふたりが見えた。
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