迷子の仔猫たち 1(猫を狩る 34)

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迷子の仔猫たち 1(猫を狩る 34)

【登場人物と登場猫】 葉月  高校1年生、母親の早苗を憎んでいて、彼氏のカズに夜道を襲わせる計画を立てたが失敗し、現在家出中。 (あんず) 葉月が家出中に出会った葉月と同い年の家出仲間。プチ家出に慣れている。 早苗(早紀)  葉月の母親。W不倫の末に離婚し、化粧品店で美容部員をしながら、葉月と再婚した夫と暮らしている。 不倫ブログウォッチャーの主婦を狩るのが趣味 カズ  葉月の彼氏。 谷村郁子 34歳の専業主婦 早苗(早紀)の不倫ブログウォッチャー狩りに引っかかり、人妻ハメ撮りサイトの管理人である雅人に写真を撮られた。 谷村裕二  郁子の夫。趣味は世界の王室の家系図作り。職場の派遣OLである美里が元彼からストーカーされていたことから、つきあっている振りをしているうちに不倫関係になる 谷村花梨  郁子と裕二の娘。小学校1年生 小田由香里  郁子と同じマンションに住む専業主婦。坂本とはテニス仲間 小田桃実  由香里の娘。小学校1年生。 坂本    郁子の娘である花梨の小学校の友達の母親。テニスが趣味で、由香里とはテニス仲間 坂本真奈  坂本の娘。小学校1年生。 福島美里 谷村裕二と同じ会社で働く派遣OL。谷村裕二の不倫相手。 雅人 女性を撮るのが専門のカメラマンで、ネットでは人妻嵌め撮りサイトの管理人として知られている。 ねね  谷村家の猫 【本文】 1  真っ暗なところに閉じ込められている。すごい力で壁に押し付けられて体が痛くて、頭がぐらぐらする。  葉月は脱水機に入れられた猫になっていた。尻尾を足の間に挟み、小さくうずくまるような姿勢でやり過ごそうとしても、このままぐるぐる回り続けて、遠心力によって骨が折れて、もうすぐ死ぬのだ。  洗濯機のふたを誰かに開けられたみたいに、現実がぐるぐるまわりながら葉月の中に流れ込んできた。塩ビ張りの椅子に頬と腕がべったりと貼りついて、気持ちが悪い。背の倒れるソファに体を丸めて横向きになって眠っていたので、足と腰がこわばるように痛む。隣のブースからは、マウスをクリックする音と、洟をすする音が聞こえてくる。パーテーションで区切られた畳半畳ほどの空間にはデスクトップ型のパソコンとテレビが置かれた机と、クッションの弾力性がすっかりなくなった椅子があるだけだった。帰らなきゃ、と寝ぼけた頭で一瞬だけ考えて、家には帰れないことをやっと思い出す。バッグの中から携帯を取り出すと、メッセージの着信が二件ほどあった。二件とも(あんず)からだった。 ――葉月、起きてる?―― ――なんかもうネカフェ無理――  という短いメールだった。  家を出て一週間になる。すぐにつかまるか、家に帰りたくなると思ったら、意外に平気だった。ファーストフードとネットカフェ、それにスーパー銭湯。ママのクレジットカードを拝借してきたので、お金にはそれほど困らなかった。ママに言われて何度かATMでキャッシングしたこともあったので、暗証番号も知っていた。カードを止められていないのは、葉月がカードを持ち出したことに気づいていないのか、それとも葉月の身を案じてのことなのかはわからない。ママの連絡先はすべてブロックしたし、自分のチャットアプリのアカウントはママに見られていたようなので新しいアカウントを作り直した。それでも、別の番号から連絡を取ったり、パパに手を回して連絡をしてくると思っていたけど、パパからも連絡はない。 ――今起きた。腰痛い――  と、杏には返信しておいた。  杏とは、深夜のファーストフード店で知り合った。とても痩せていて、頭のてっぺんでふわふわとカールさせた髪をまとめていて、元々パッチリと大きな目をさらに目立たせるメイクをしていた。ピンクの携帯のキーを親指の爪で退屈そうにフリックしてはため息をついたり、クスクス笑ったりしていた。足元にはキャリーケースが置いてあったので、この子も家出中なのかとつい目が行ってしまったけれど、ただ単に終電を逃しただけかもしれないし、彼氏か誰かのところに泊まりに行った帰りなのかもしれない。うっすらと夜が明け始めたころ、杏は葉月テーブルの向かいの席にやってきて、 「夜明けっていいよね。あたしは一日のうち、このくらいの時間がいちばん好き」  と、話しかけてきた。遠目に見ると、小柄な大人に見えたけれど、喋り方も声も、間近で見る顔も幼くて、葉月と同じくらいの年のようだった。 「ねえ、家を出てきたんでしょ。あたしもなの。あたしは杏。家を出てからもう二ヵ月かな。昨日まで居候してたけど、今新しい家をさがしてるとこ」  葉月が家を出てきたことが、杏にはすぐにばれてしまったことが驚きだった。あとで聞くと、杏は葉月と同じ高校一年生で、プチ家出のプロだった。一週間程度なら、ネカフェやファミレス、マッチングアプリで相手を見つけたらラブホ、そこで所持金が増えれば、レジャー施設みたいなスーパー銭湯に泊まることができて、けっこう楽しいらしい。杏によると、二ヵ月ほど前に、もう家には帰らないと決心し、本気で家を出てきたので、マッチングアプリで、居候先を探しているらしい。居候させてくれる人は、ひとりではなく何人かの家出人を住まわせていることが多く、杏は一目見ただけで家出少女を見分けられるのだという。  すっかり目が冴えてしまって、眠れない。杏からの返信は来なかった。家出先を探すのに忙しいのだろう。杏の言うとおり、ネットカフェに滞在し続けるのは限界だった。杏が居候先を見つけてしまったら、いっしょに街を徘徊することもできなくなって、淋しくなる。でも仕方がない。杏のいいところは、なぜ家を出てきたかなどというよけいな詮索をしないところだ。それでいて、明るくて気を遣うところにはちゃんと気を遣うし、思い切りがいい。いっしょに行った出会い喫茶では、最初に交渉してきた冴えない男とさっさと出て行き、男が帰ったあと、ビジネスホテルに葉月を泊めてくれた。その夜、いきなり金額交渉をしてきた男を気持ち悪く感じて、交渉が成立することのなかった葉月を励まし、翌日はカラオケに連れて行ってくれた。世渡りが上手いというか、人を見る目があるのだ。  杏によると、居候先は、猫を飼っている人のところがよいらしい。猫を飼っている人は、十代の少女をいじめたりしないという。今までのプチ家出経験から得た法則のようだった。葉月のように、猫を飼っていながら、いじめている人だっているし、ママのように猫を溺愛しながらも実の娘を苛め抜く母親だっていると思ったけど、杏が見出した法則に異論は唱えなかった。
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