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迷子の仔猫たち 13 (猫を狩る 46)
13
ライトバンから、黒のTシャツに黒い短パンの男が降りてきた。歳は郁子と同じぐらいか少し若く見える。郁子がドアロックを解除すると、男は後部座席に乗り込んできた。
「よお、郁子ちゃん」
「ごめんなさいね。雅人くん、忙しいのに」
「いや、郁子ちゃんのためなら、どんなところでも駆けつけるって」
なんだこのチャラい男は。
「そうだ。早紀の連絡先知ってる?」
「早紀って誰?」
しまった。この雅人って男はママの知り合いなのか。家に連絡されてしまう。
「私を罠にかけて、雅人くんの餌食にした張本人」
「餌食にした覚えはないけど、それは直之の嫁?」
「そうだと思う」
「知らないな。人妻のエロい写真を撮れって依頼してきたのは直之で、でも、俺が撮った郁子ちゃんの写真をお気に召さなかったらしくて連絡先ブロックされた」
よかった。これで杏とふたりで逃げられる。
「残念だわ。この子、早紀の娘なの」
「え、あの美少女の中学生?」
何だその、美少女って?
「あ、あの、もう高校生になりました。郁子さん、嘘ついててごめんなさい」
「とっくに気づいてた」
雅人に、顔をまじまじと見つめられる。
「やっぱり撮りたいな。一年ぐらい前に、直之から話を聞いて、写真を撮らせてくれって言ったらめちゃくちゃに怒られたんだ。『嫁も嫁の娘ちゃんも、ちょー大事なんで無理』って言われた」
大事に思っているのなら、なぜもっとママのことを大事にしてくれないのだろう。
「そんな、エッチな写真撮っちゃだめでしょ」
「いや、エッチな写真ばっかり撮ってるわけじゃないんだ。お金にはならないけど、メッセージ性のある写真も撮る。暗い部屋で制服姿で緊縛されて、でも頬に一筋の光が差してる、とか。そうだな、可愛い動物の着ぐるみを着て人気のない路地裏に座りこんでる、とか」
なぜか心の中を見透かされたような気がした。撮ってもらいたいと思った。そして、郁子がなぜ雅人をこんなに全面的に信頼しているのか、わかったような気がした。
「で、今日の段取り決めないと。俺が娘ちゃんをライトバンに乗せるから、郁子ちゃんは後をついてきて。だって保護者みたいな人が車で家出娘を送ってくるわけないだろ」
「そうよね。そこまで考えてなかった」
「俺は娘ちゃんを」
「葉月です」
「あ、葉月ちゃんを買った男で、ライトバンの中でエッチな動画を撮影されたって筋書きで」
「その筋書き必要?」
「神は細部に宿るって言うだろ。それから、葉月ちゃんにプレゼント。これポケットに入れといて」
雅人から、生理用ナプキンを渡された。
「え、あの……大丈夫です。そんな心配してくれなくても」
「GPSが仕込んであるんだ。尾行に失敗したときのための。恥を忍んで買いに行ったんだから、ちゃんと持っててくれよな」
「わかりました」
普通のものより少し厚みのあるナプキンを、ポケットの中に入れた。
「で、葉月ちゃんが向こうの車に乗ったら、郁子ちゃんの車で尾行」
「バレるんじゃないの? バックミラーに映ったら」
「ちゃんとベースボールキャップを持ってきてる。これは尾行の基本中の基本」
「はいはい、了解いたしました探偵さん」
「向こうの居場所を特定したら警察に通報して、警察が来るのを確認するまで近くで待ってる」
「上手く逃げようなんて考えないで、ちゃんと警察に行って、それから家に帰るのよ」
葉月はため息をついた。やはり、家には帰りたくない。またママに虐められるからというよりは、あまりにひどいことをしてしまったという事実から逃げたかった。
「じゃあそろそろ行くか。葉月ちゃん。これ、葉月ちゃんの荷物?」
雅人が後部座席に置いてあった葉月のキャリーケースを下ろし、ライトバンに乗せた。もう、郁子の家に戻ることもないのだと思うと、急に淋しい気持ちになる。
「郁子さん、本当にありがとうございました。なんとお礼を言っていいのか……」
「いいのよ。花梨と遊んでくれてありがとう。またいつでも遊びに来てね」
郁子に別れを告げ、葉月はライトバンに乗り込んだ。
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