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眠りから覚めると世界は 2(猫を狩る 50)
2
キスの仕方なんてもう忘れたと思っていた。舌先で舌先を擽られて思わず身体が震えた。ゆっくりと舌を差し込まれ、口内を舐め尽くされた。雅人の手が身体の凹凸を確かめるように郁子の脊椎の窪みを這い、脇腹を通って胸の膨らみを下から持ち上げるように撫で上げた。唇が離され、雅人は郁子の後ろに回り、首筋に舌を這わせた。
「馬鹿な女って思ってる?」
「いや、馬鹿さ加減なら俺のほうが数倍上だから大丈夫」
そういう問題じゃないでしょ、と言おうとした。指先で敏感な突起を摘まれ、思わず悲鳴を上げた。
「だめだってば……」
「郁子ちゃん、もっとエロいとこ見せて」
雅人は郁子を仰向けに寝かせ、赤子のように乳首に吸いつき、手がウエストの括れを通って曲線をを確かめるように腰を掠め、太腿に降りてきた。雅人の手は太腿を滑り、誰にも見せることはないと思って手入れをしていなかった陰毛を梳くように撫でた。
「恥ずかしいから見ないで」
「いや、自然でいい感じ」
ぬかるみにするりと入ってきた指に、襞の内側をなぞられ、合わせ目の小さく尖ったところを愛撫され、何も考えれられなくなって快楽に身を委ねていた。
「すごくエロい表情。じゃあ撮るよ」
少し掠れて裏返った声に、現実に引き戻された。
「顔は撮らないで」
「じゃあ、手で隠して」
負けた、と思った。翻弄されていた。指の隙間から雅人を盗み見ると、当然のことながら着衣の乱れもなく、真剣な面持ちでカメラを構えていた。
「もうちょっと指を拡げて、カメラ見て」
覗き見ていることまで見抜かれていた。それから、言われるままにポーズを変え、撮影は延々と続いた。途中に少し休憩してビールを飲んで化粧を直し、雅人に言われてお風呂に入る時に外したアクセサリーをつけ、撮影は再開された。早紀に言われたハメ撮り的なものは撮られなかった。
撮影が終わったのは夜が明ける少し前で、ふたりとも倒れるように眠り、翌朝、雅人がシャワーを浴びる音で目が覚めた。昨夜の続きになるのかと一瞬身構えたけど、あれは撮影のための慣らしのようなものだったのだろうと結論づけ、雅人が浴室から出てくる前に服を着て身支度を整えた。雅人と連絡先を交換し、ホテルをチェックアウトする際に、フロントに預けられていた携帯と財布を受け取った。
それから、チャットアプリで雅人とメッセージを交わすようになり、住んでいるところが意外に近かったこともあり、人目を気にしながらも、雅人と密会するようになった。雅人以外に郁子の話を聞いてくれる人は、郁子の周りには誰ひとりとしていなかった。駐車場に車を停めて時間の許す限り話し込み、ティーンエイジャーみたいにキスをしたり、身体に触れ合ったりしているうちに、ラブホに行くようになった。ただ、雅人とは親密な友人というだけで、一線を越えようとは思わなかった。いや、ほとんど不倫しているのと同じということはわかっていた。勿体ぶっているつもりではなかったけれど、郁子には裕二と花梨が、雅人には他にも付き合っている既婚女性が何人かいるということが、歯止めをかけていた。
「葉月ちゃんから聞いたけど、女が乗り込んできたんだって?」
「え? 女って?」
フロントガラスの向こうをぼんやりと見つめながら考えごとをしていたので、家に美里がいることをすっかり忘れていた。
「うん、すごく可愛い人。私でも守ってあげたいって思っちゃうくらい」
「なんだよそれ。殴り合いとかしないか普通?」
「ちょっと、言ってることが変だから、家に放置してきた。でももう帰ったんじゃないかな」
「居座るのも変だけど、放置して出かけるのもかなり変だと思う。郁子ちゃんの旦那さんは、変な人ホイホイなの?」
「何その変な人ホイホイって?」
「変わった人ばかりを惹きつける人ってこと」
「そんなことないけど、ハズレを引きがちなタイプかも。誰にでも優しいから。でもそれは優しいのとはちょっと違って、放っておいてほしいから取りあえず優しくしてるだけで……」
「もしかして、猫に好かれるタイプ?」
「そうかもしれない」
「でもやっぱり心配だな。刺されたりしない? 様子見に行ったほうがよくないか?」
「ますます話がややこしくなるから、来ないほうがいいと思うけど」
葉月を降ろしたファミレスの看板が見えてきた。雅人は減速し、駐車場に入り、シルバーのバンの隣に車を停めた。
「じゃあね、今日は本当にありがとう。すごく助かった」
「いや、助けたのは郁子ちゃんじゃなくて葉月ちゃんだろ。この借りは葉月ちゃんに返してもらう。また何かあったら連絡して。女に刺されたとか、刺しちゃったとか」
「だから大丈夫だってば」
いつもするように軽いキスをして、雅人は車を降りた。
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