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眠りから覚めると世界は 13(最終回)(猫を狩る 61)
13
杏奈を乗せたパトカーを見送ると、小田と坂本は家に帰っていった。花梨は裕二に抱っこされながら、いつの間にか眠ってしまっていた。
「じゃあ、私達も帰るわね。タクシー呼んでくれる?」
早苗にそう言われたけど、ねねを抱っこしていたので、携帯の操作ができない。
「一度家に戻っていいかしら」
「俺が送って行きます」
「雅人さん、気が利くなあ」
「今日は一日、葉月ちゃんの運転手ってことで」
家に戻って、ねねを降ろした。裕二が花梨の部屋に入り、花梨をそっとベッドに寝かせブランケットを掛けると、ねねがのそのそと部屋に入ってきて、花梨の横に潜り込む。長い一日だった。
「じゃあね、郁子ちゃん」
いつもの別れ際のように、雅人は連絡するとは言わなかった。やっぱり、これで終わりなんだ。でも、裕二には勝手にしろと言われたばかりだ。ひどく混乱している。
「待って。私はここにいてもいいの?」
裕二にはもう許してもらえないだろう。信用を失ったと言われたのだから。
「郁子はどうしたいの?」
「私は……花梨が一番幸せになれる選択をしたい。それだけ」
「郁子さん、それはだめ。花梨ちゃんのために我慢しちゃだめだよ。ママがあの家でずっとあたしのために我慢してたのが一番つらかったんだもん。だから、ちゃんと郁子さんがしたいようにするほうがいいよ」
両親の離婚を目の当たりにしてきた葉月の言葉が胸に突き刺さる。奇妙な形ではあったけど、早苗と葉月にあえてよかったと思う。
「あの、雅人さんにお願いがあります。郁子と別れてください」
裕二が雅人を正面から見据えて言った。それから深々と頭を下げた。
「そんな、谷村さん、頭を上げてください。別れるも何も、郁子ちゃんとはつき合ってるわけじゃないし。でも、もう会うのはやめます。郁子ちゃんは真面目だから、あの坂本さんみたいに器用なことはできないよね。ああ、一度ぐらいヤっとけばよかった。誰も信じてくれないと思うけど」
「郁子、本当なの?」
郁子は黙って頷いた。悪ぶっているのに、ものすごく優しくて、人の心を読むのが上手い人誑しの雅人。当分忘れることはできないだろう。
「信じてくれなくてもいいよ。でも、セックスしたかどうかじゃなくて、雅人くんにあんなふうに頼りきってたってだけで、信用を失うのはしょうがないと思う」
「いや、結婚は信用とか言っておきながら、信用を裏切ったのは僕の方だった。郁子ごめん」
「じゃあね郁子ちゃん、元気で」
「雅人くんもね」
雅人の顔を正面から見つめ、手を振った。溺れるのがわかっていたから、深みに嵌まらないように、必死で踏みとどまった。でも笑ってしまうぐらいに恋に落ちていた。
「郁子さん、それじゃあね。花梨ちゃんにもよろしくね」
「夫の浮気とか、W不倫とか、娘がグレたとか、いつでも相談に乗るわよ。早紀ブログも楽しみにしててね。次はマンションの階段でエッチにしようかしら。もう楽しくてやめられないのよね」
ひとしきり、大笑いしたあと、早苗と葉月にも別れを告げた。
「私たち、やり直せると思う?」
失恋の痛みが、予想以上につらい。そして、それは裕二も同じなのだろう。美里は愛されてはいなかったと言っていたけど、あの可愛らしくて強く、愛情深い美里に裕二は恋していたのだろう。
「少しずつ、また新しく始めよう。できるだけ早く帰ってくるようにするし、郁子の話もは聞くようにする。それから明日は休みだから約束通り花梨の行きたいところに連れて行こう」
「わかった」
裕二とふたりで、花梨の部屋に足音を立てないように忍び込んで、ねねといっしょに眠っている花梨の寝顔を見た。すべてのことが急に解決するわけではないし、裕二とも再び上手く行くかどうかはわからない。
それでも、花梨が眠りから覚めたときに、世界が少しでも変わっていればいいなと思い、郁子は花梨の柔らかい髪をそっと撫でた。
(眠りから覚めると世界は 了)
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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