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その時、突然強い風が吹いた。
奈緒の泣き声は、風の音にかき消されていく
風に揺れる木々の葉のサワサワとした音は、
まるで奈緒を慰めるような音色に聞こえる。
徹と初めてデートした日も、こんな風の吹く暖かな春の季節だった。
当時を思い出してまた奈緒の瞳から涙が溢れてくる。
しばらくその場で泣き続けた奈緒の涙は、漸く枯れ果てた。
少し落ち着いてから涙を拭くと、
奈緒はベンチからゆっくりと立ち上がり、会社の方へと歩いて行く。
その後ろ姿は、どこか儚く頼りない雰囲気がしていた。
その時、奈緒が座っていたベンチの向こうから、
一人の男性がむっくりと起き上がった。
起き上がったのは、省吾だった。
省吾は日光浴を兼ねて、このベンチで気持ち良く昼寝をしていた。
そこへ奈緒と倉本がやって来たのだった。
つまり省吾は今の話を全て聞いていた。
『あの指輪は、そういう事だったのか...』
省吾は心の中で呟くと、
腕を組みながらしばらくの間じっと物思いにふけっていた。
その後ベンチから立ち上がると、
奈緒が戻って行ったビルの方へ、ゆっくりと歩き始めた。
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