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横浜へ着くと、省吾は山下公園の近くへ車を停めた。 車から降りると省吾が言った。 「先に元町へ行こうか! 食事はその後で!」 奈緒は頷くと、省吾の後をついて行く。 歩きながら、奈緒は久しぶりに見る懐かしい街並みに胸がジンとする。 夕暮れ時の空が、ピンク色に染まっていた。 何とも言えず美しい。 その美しい空を、時折鳥の群れが横切って行く。 『久しぶりに山下公園にも行ってみたかったな...』 奈緒はそう思いながら歩き続けた。 この街は、徹と付き合い始めた頃によくデートで来た。 思い出がいっぱい詰まったこの街に来れば、 きっと泣いてしまう... そう思い、実は今日まで来る事が出来なかった。 しかし今の奈緒は泣いてはいなかった。 悲しみよりも、懐かしさの度合いの方が大きいように感じる。 少しずつ...ほんの少しずつではあるが、 気持ちを整理出来ているのかもしれない...ふとそんな風に思う。 転職してからの日々は、とても充実していた。 新しい仕事はやりがいを感じる。 そして今日の視察を機に、さらにやる気が増したような気もする。 自分が支えている人達が作ったものが、 社会問題を解決するほどの大きな成果をもたらすかもしれない。 そう思っただけで、とても大きな充実感に満たされる。 その大きな充実感は、 奈緒の辛かった日々をかき消すほどの威力があるように思えた。 その時、加賀部長に言われた言葉を思い出す。 『時薬(ときぐすり)』 今奈緒は、その言葉の意味が少し分かったような気がしていた。
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