11

3/27
前へ
/342ページ
次へ
しかし、結婚も、この店で婚約指輪を買う事も、 どちらも叶う事はなかった。 自分で指輪を捨てておいてなんとも身勝手な話だが、 奈緒はあの指輪を失って以来、 なぜか心にぽっかりと穴があいたような気がしていた。 実は、奈緒は会社から出たら、常にあの指輪を身に着けていた。 仕事以外の時は、寝る時も、風呂に入る時も、 とにかくいつもあの指輪を指にはめていた。 毎日身に着けていると、不思議と身体の一部分のように感じられた。 そして、お守りのようにも思えた。 しかしあの事故が起きた日、 奈緒はその指輪を外した。 急に重みを感じなくなった薬指の違和感に、心が苦しくなる。 大切なよりどころを失った奈緒の左手薬指は、 常に虚しさのようなものを覚えていた。 それは今でもだ。 その時、大きな声が聞こえた。 「省吾! 何~? 急にどうしたの~?」 女性はニコニコしながら二人に近づいて来た。 40代半ばの女性は、オフホワイトのシャネルタイプのスーツを身をまとい、 明るいブラウン色の髪を後ろで綺麗にアップにしていた。 きちんとメイクを施された顔には気品が溢れ、とても美しい。 奈緒はこの女性が省吾の姉だとすぐに分かった。 「仕事でこっちの方に来たから、久しぶりに姉貴の顔でも見て帰ろうと思ってさ!」 省吾はそう言うと、奈緒の肩を引き寄せ姉に紹介した。 「こちらは今お付き合いをしている麻生奈緒さん。今、俺の秘書をしてくれているんだ」 それを聞いた省吾の姉は、目をまんまるにして驚いていた。 しかし省吾は気にせず続けた。
/342ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9365人が本棚に入れています
本棚に追加