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しかし、結婚も、この店で婚約指輪を買う事も、
どちらも叶う事はなかった。
自分で指輪を捨てておいてなんとも身勝手な話だが、
奈緒はあの指輪を失って以来、
なぜか心にぽっかりと穴があいたような気がしていた。
実は、奈緒は会社から出たら、常にあの指輪を身に着けていた。
仕事以外の時は、寝る時も、風呂に入る時も、
とにかくいつもあの指輪を指にはめていた。
毎日身に着けていると、不思議と身体の一部分のように感じられた。
そして、お守りのようにも思えた。
しかしあの事故が起きた日、
奈緒はその指輪を外した。
急に重みを感じなくなった薬指の違和感に、心が苦しくなる。
大切なよりどころを失った奈緒の左手薬指は、
常に虚しさのようなものを覚えていた。
それは今でもだ。
その時、大きな声が聞こえた。
「省吾! 何~? 急にどうしたの~?」
女性はニコニコしながら二人に近づいて来た。
40代半ばの女性は、オフホワイトのシャネルタイプのスーツを身をまとい、
明るいブラウン色の髪を後ろで綺麗にアップにしていた。
きちんとメイクを施された顔には気品が溢れ、とても美しい。
奈緒はこの女性が省吾の姉だとすぐに分かった。
「仕事でこっちの方に来たから、久しぶりに姉貴の顔でも見て帰ろうと思ってさ!」
省吾はそう言うと、奈緒の肩を引き寄せ姉に紹介した。
「こちらは今お付き合いをしている麻生奈緒さん。今、俺の秘書をしてくれているんだ」
それを聞いた省吾の姉は、目をまんまるにして驚いていた。
しかし省吾は気にせず続けた。
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