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「あの指輪を探していたのは、彼に未練があるとかそういう事ではないんです。ちょっと事情があり、彼の両親から指輪を返せと言われたら困ると思って...それで慌てて探していたんです」
「............」
省吾は少し混乱しているようだった。
しかし、今奈緒が言った言葉をもう一度考えてみる。
そこで漸くその言葉の意味を理解したようだ。
「なんだ、そういう事だったのか! 俺はてっきりまだ相手に未練があって、指輪を捨てた事を後悔していたんだとばかり思ってたよ...」
省吾は笑いながら言った。
そんな省吾に奈緒はこう言った。
「もし彼に対して何か残っているとしたら、『未練』というよりは『情』のような気がします。一応五年も付き合った人ですから...。でも、それ以外の気持ちは、もう私の中には残っていません」
奈緒は極めて冷静に言葉を発している自分に驚いていた。
そして、更に言いたい事が勝手に口をついて出て来る。
「浮気していたんですよ? そして彼はその浮気相手とあっけなく逝ってしまったんです。そんな人に対し未練がある方が変じゃないですか?」
『どうしたんだろう? なぜ私はこんなにも冷静に、そして客観的に物事を捉えているのだろう?』
奈緒は不思議でしょうがなかった。
今まで自分の気持ちを整理しようと思っても、なかなか整理出来なかった。
しかし今は頭の中がかなりクリアになっている。
まるで霧が晴れたようにすっきりと自分の気持ちが分かる。
人が死ぬと、周りのはその人の良い部分だけを語り継ぐ。
悪い部分はなかったものとされ、良い部分だけに焦点を当て美化する。
一瞬奈緒も、そんな風になりかけていた。
しかしそれではダメなのだ。
徹が奈緒を裏切っていたのは事実なのだ。
どうあがいても、その過ちは消えない。
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