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その頃、奈緒は仕事を終え、秘書室で帰り支度をしていた。 恵子は彼氏とデートの約束があるので真っ先に帰り、 さおりも今日は歯医者の予約が入っているからと、今帰って行った。 奈緒は急ぐ用事もないので、のんびり帰り支度をしていた。 今日は久しぶりにデパ地下で何か美味しい物でも買って帰ろうと思っていた。 ロッカーからバッグを持って来ると、 机の上にある私物をしまう。 その時、ノックの音が響いた。 「はい!」 奈緒が返事をすると、一人の男性が入って来た。 「技術統括本部の三上です。帰り際にすみません...」 三上はそう言うと、奈緒のデスクまで歩いて来る。 「あ、はい...何か急ぎのご用でしょうか?」 「特に急ぎではないのですが、深山さんが出張から戻られましたらこちらに決裁印をお願いします。この書類はどうしても押印が必要なので...」 合理主義者である省吾は、社内での押印制度を全て廃止していた。 しかし、取引先や官公庁へ提出する書類の中には、 どうしても決裁印が必要なものがある。 三上はその書類を持ってきたようだ。 「承知しました。深山は月曜に出社しますのでお預かりしておきます」 奈緒はそう言って書類を受け取り、 書類を鍵付きの引き出しへしまう。 もう用事は済んだと思っていた奈緒は、 三上がその場から動く様子がないので、 不思議に思って顔を上げる。 すると、三上は奈緒ににっこりと微笑んだ。
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