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省吾は誰もいないエレベーターに乗り込むと、
扉を『閉める』ボタンの前で指を止める。
今はボタンに直接触れなくても扉が閉まるから便利だ。
『あの感染症騒ぎの中でも、こういった新しい発想が生まれるんだから、まさにピンチはチャンスだな...』
そんな事を考えていると、
ドアが閉まる寸前に、カツカツと足音がしたので、
省吾は慌てて扉を開いた。
「ありがとうございますっ!」
女性が息を切らしながらエレベーターへ乗り込んできた。
省吾は再び扉を閉めると、スマホを取り出して画面に見入る。
その時、女性が口を開いた。
「深山さん! 私、以前のお返事、まだもらっていないんですけどぉ...」
「えっ?」
省吾はびっくりしてスマホから顔を上げた。
見るとそこには、人事部の名取美沙がいた。
美沙は現在28歳。
二年前に中途採用でこの会社へ来た。
美沙は春らしい薄ピンクのワンピースを着て、
ベージュのヒールを履いている。
ウェーブのかかったライトブラウンの髪は、
顎のラインで悩まし気に揺れている。
きっちりメイクを施し、
身体からはハイブランドの香水の香りが漂っていた。
美沙は長いまつ気をしばたたかせ、上目遣いで省吾を見つめると、
グロスで不自然にテカった唇を尖らせてから言った。
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