誰かのために震えてる

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「ヤッベ、さっきからブルえが止まらねえ」 「おいおい、どうしちゃったんだよ福田」 「わっかんねんだけどさ、さっきからブルえが止まんねえんだよ」  横目で福田を見ると確かに震えている。  ついさっきまでは普通だったのに。  僕らは晩ご飯を食べたあと、ゲームセンターで遊んだ帰りだった。 「まじでどうしたんだよ。ついに進化するのか?」  福田は笑った。笑ったせいで余計に震えていた。 「こんな時に冗談やめろよ。これ以上おかしくなったらどうすんだよ」  今度は僕が笑った。福田に自分がおかしいという自覚があったのも可笑しいし、これ以上おかしくなった福田を想像したら笑えた。 「いやいや、にしてもほんと大丈夫か? なんか持病あったっけ?」 「いやー、ない。だって俺風邪引いたことすらないもん」  本当にわからないようで顔をしかめている。 「寒いのか?」 「いや、寒くはない。気持ち悪いとかそういうのでもない」 「ほんとにじゃあ震えが止まんないってだけか」  福田は大きく頷く。そうしなければ福田の肯首は震えによってかき消されてしまうようだ。 「救急車呼ぶか?」 「いや、そこまでしなくていい。ただ、万が一何か起こったときすぐ呼んでほしいから俺のブルえが止まるまで待ってて」  尋常じゃなく震えている友人を連れてファミレスに行くわけにもいかないので、僕たちは近くの公園のベンチに座ることにした。  僕はこの時、今の状況に既視感を抱いていた。 「なあ、福田。こんなこと前にもなかったか」 「え?」  そんなことあったっけ?と言うような表情をしている。僕はとうとう福田の考えていることを表情で読み取れるまでになってしまったのか。 「あっ」  福田が何かを思い出したかのように声を上げる。 「思い出した。修学旅行のときだ」  福田がそう言い、僕も完璧に思い出した。 「そうだ。あの時も確か、福田震えてたよな」 「ああ、次の日に地震が来て修学旅行中止になってな、その時お前がお土産で買ってた木刀、誰かに盗まれたの今でも笑える」 「笑えねえよ」  あの後、福田の震えは止まっていた。  そしてまた今日、その原因不明の震えが起きている。 「なあ福田。もしかして明日でかいの来るとかないよな」  福田の方を見るとさっきよりも震えの幅が大きくなっている。  それはもう震えなんて生易しいものではなかった。 隣に座っている僕がその振動を感じないのが不思議なくらい、福田の震えは天下を取りいく勢いだった。 「おい福田?」  僕の声が届いていないのか、返事がない。  しばらく様子を見ていると震えの勢いが少し弱まったように見えた。 「俺、わかったよ」  福田は言った。 「俺さ、やがて起こる災害規模の揺れを今この身に受けてんだ」 「は?」 「たぶんこれが最後だわ。良かった。お前だけは分かってくれるよな」  そう言うと福田の震えは最高潮に達した。  福田の中の分子と分子が擦り合い、その摩擦で生じた光が福田を包む。  一瞬で光が膨張し、僕は思わず目をつむる。  目を開けると福田の姿がなくなっていた。  福田は震えとともに光の中に消えていったのだ。  福田が消えて以降、世界は震えなくなった。しかし今もどこかで福田が誰かの代わりに震えているのかと思うと、僕はやるせない気持ちになる。 「福田、ありがとうな」  今はもういなくなった友人に向けて僕は言う。  俺が居るときに言えよ。  そんな福田の声が聞こえたような気がした。
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