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その晩、帰郷を控えた高揚のためか、遅くになってもゼンキチはなかなか寝付かなかった。穴の開いた屋根から差し込む月の光が、講堂の一角を青白く照らしていた。
「サヨはこれからも、ここに住み続けるの?」
ゼンキチの小さな声が、講堂に響く。
「そうですね。建物がいつまでもつかわかりませんが」
「大切な場所だから?」
「いえ。他に行く当てがないだけです」
布がすれる音がする。ゼンキチが寝返りを打ったようだ。
「あのさ、昔、村の婆ちゃんが言ってたんだけど、おいらの村は鬼にたいそうな恩義があるんだって。なんでも長い間、守ってもらってたんだとか。だからきっと、サヨのことも受け入れてくれるんじゃないかな」
わたしはすぐに言葉を返すことができなかった。隣から聞こえる呼吸の音が、次第に浅くなる。
「村を守っていたのは、わたしの父です」
「え?」
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