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100年以上にわたり、村を襲う猛獣や野盗を退治し、悪霊を払い、天災で壊れた建物の修繕まで行っていた父は、まさに村の守り神だった。その死にざまさえ、土砂崩れから身を挺して村を守るという守り神の名に恥じないもので、それからはわたしが跡を継ぐかたちになった。かねてから守り神の娘として丁重に扱われていたわたしは、より一層の待遇を受けることになり、わたしも彼らの期待に応えようと努力したつもりだった。
しかしわたしは、父のようにはなれなかった。
父の死から10年ほど経ったある日のことだった。まだ空に微かに茜色が残る夕暮れどき、女の悲鳴が響き渡った。急いで駆け付けたわたしたちの目に飛び込んできたのは、村の入り口近くで刀を振り回す武士のような格好をした男と、その傍らに倒れる血だらけの娘の姿だった。
若者が女の名前を叫びながら駆け寄り、彼もまた切り捨てられた。男は言葉ではない声をわめき散らし、焦点はどこにもあっていなかった。憑き物の典型的な症状だ。
村人たちの視線はわたしへと注がれた。わたしは恐る恐る前へ出て、男と対峙した。禍の退治を任されるのはそれが初めてだった。低級の憑き物であれば鬼の姿を見ただけで逃げ出してしまうものだが、その怨霊は完全に我を失っており、わたしを鬼とすら認識していないようだった。
男は威嚇するように大声を上げた。その途端、わたしは恐怖のあまり体が震え、呼吸すらままならなくなってしまった。固唾をのんで見守っていた村人から、次第に戸惑いと絶望の声が上がった。
結局、男たちが決死の覚悟で次々ととびかかり、多くの犠牲を出したうえで制圧に成功した。
収拾がついたあと、村人たちから向けられたのは厳しい非難だった。彼らはわたしをふるえ鬼と呼び、住み家を取り上げ、供物もやめた。
それからしばらくの間、村のはずれで寝泊まりをしながら、怪我を負った村人たちの治療を手伝ったあと、わたしは村を去った。
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