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 少年が目を覚したのは、寺に連れ帰って半刻ほど経ったころだった。 「おっかぁ……?」  その声に、外で鍋に火をかけていたのをやめて講堂へ戻ると、彼は横になったまま怪訝な顔をした。 「だれだぁ、おまえ?」 「わたしはサヨ。この寺で暮らしているものです。自分の名前と年齢、分かりますか?」 「おいら? おいらは、ゼンキチだよ。歳は12」  ゼンキチは素直に答えたあと、体を起こそうとして顔をしかめた。 「いってぇ……」 「無理に動かさないでください。沢の近くで倒れていたのです。それまでのこと、覚えていますか?」 「沢……」  呆けたような表情を浮かべていたゼンキチはやがて「あっ!」と声を上げた。 「そうだ! おいら、誰も見たことねえようなでっけぇ魚捕ろうと思って、山の奥まで行ったんだ。水面ばっかり見てたら、うっかり足を滑らせて」  意識も記憶もしっかりしている。わたしはひとまず、胸をなでおろした。 「サヨが助けてくれたの?」  わたしがうなずくと、ゼンキチは無邪気に笑って礼を言った。そんな彼を、わたしは(たしな)める。 「駄目じゃないですか、子供ひとりであんなところへ行っては。あの辺りは、熊もいるんです」  まともな道もなく、大人でさえほとんど足を踏み入れないような場所だ。 
「自分だって子供じゃねぇか」  ゼンキチは不満げに言う。たしかに彼の言う通り、わたしの容姿は彼と同年代の人間とほとんど変わらない。しかし彼らとわたしたちでは、年の取り方が違う。わたしと同じ年に生まれた村人たちはみんな、わたしが村にいる間に年老いて死んだ。 「おいら、怪我してるのか」  ゼンキチは右足の()え木に目をやった。顔や腕などは切り傷だったが、右足が大きく腫れていた。恐らく骨が折れている。 「残念ですが、治るまでは帰れません」  ゼンキチは言葉を失ったまま固まっていたが、やがて「わかった」と弱々しく返事をした。
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