たまにはこんなファンタジーも

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オレの人生は幸せだったと思う。 両親に愛されながら何不自由なく育てられ、オメガであっても怖い思いは一つもせず、また理不尽な扱いもなく過ごし、大学の時に知り合ったアルファの彼と卒業後に結婚。番にもなり、浮気されることもすることも無く、ずっと一緒に仲良く過ごした。 残念ながら子宝には恵まれなかったけど、それでも二人、ずっと仲良く幸せに過ごしてこれた。 そして今、オレはそんな優しい番に見守られながら、長い眠りにつこうとしている。 自分のことだから分かるのだ。もうオレの寿命がつきるのだと。 きっとオレの目はもう開かない。だからこの手を握ってくれている、番の顔を見ることは出来ない。だけどこうして手を握ってそばに居てくれるから、オレはなんの恐怖もなくこのまま静かに眠りにつくことが出来る。なのに、オレの脳裏に浮かぶのは、そんな優しい番では無い。 オレってなんて薄情なんだろう。 もうこれが最期だと言うのに、思い浮かぶのは番と過ごした日々ではなく、まるで夢のように眩しかった青春時代の思い出だ。それはまだ番と出会う前のこと。 高校生のオレがめいいっぱい恋に打ち込んだ頃の思い出だ。 アルファとベータの両親の元に生まれたオレは、第二性診断でオメガと分かり、両親の勧めでオメガクラスのある高校へと進学した。そこで普通の高校生活を送っていた高2の春。オレは運命と出会った。 運命と言っても、あの『運命の番』ではない。だけどオレにとっては正に、運命的な出会いだったのだ。と言っても、その出会いを果たしたのは総勢400人の全校生徒。なぜならその人は、新しく赴任してきた先生だったからだ。 だけどそれは、オレとって衝撃的だった。 それまで恋をしたことがなかった訳では無い。憧れた先輩もいたし、お付き合いをした彼氏もいた。彼氏と言っても手を繋いで一緒に帰ったり、触れるだけのキスをするような可愛らしいものだったけど、オレにとっては真剣で、とても好きな人だったんだ。 だけどその人は違った。 その人が、新しく赴任してきた先生として名を呼ばれて壇上に登場した時から、オレの足は震え心臓の鼓動が跳ね上がった。ここで発情したら、それは本当に『運命の番』だったのだろうけど、オレは発情しなかった。だからやっぱり、先生はただのアルファだったんだと思う。でもそれでも、オレにとっては特別だった。この衝撃的な出会いに、オレは一瞬で恋に落ちたのだ。一目惚れだ。 あんな強烈な衝撃は、後にも先にもあの時だけだった。 それからオレは、オレなりに先生にアタックした。と言ってもアルファなのでもちろんオメガクラスの担任にはならず、教科担任にすらならなかったから、オレは毎日自分から先生の元に行って話すようにした。それでもあからさまに先生狙いだって知られるのが恥ずかしくて、オレは誰にも言わず、会いに行くのも先生が一人の時にこっそり行っていた。だから誰もオレが先生を好きだなんて知らなかったと思う。でも当然、先生には分かってたと思う。て言うか、普通分かるよね。 淡い高校生の恋心。 それを先生は決して無下にはしなかった。 からかうことも拒絶することも無く、いつも穏やかに優しくオレを迎え入れてくれた。 だけどあくまで、先生と生徒。 やましいことなど何も無い。 オレは先生に毎日会いに行きながら、その思いを口にしたことは無いし、きっとオレの気持ちを分かっていたであろう先生も何も言わなかった。だからそんな毎日を一年、二年と続けても、オレたちの関係は初めと何も変わらなかった。 だけど、卒業を控えた3月のある日。オレは初めて、先生から誘いを受けた。卒業式の後、二人で会いたいと。 それが何を意味するのか分からない。 だけど胸がどきどきした。 オレの思いを知っているであろう先生から、卒業式後に誘われるなんて。 期待に胸が高鳴る。 もしかして、オレの思いが通じた? そして先生もオレのこと・・・。 卒業式までのその日々を、オレはずっと期待で胸を膨らましていた。
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