たまにはこんなファンタジーも

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そんな不安を抱えながら中学に上がると、ついに一歳上の兄の診断の日が来た。これで違ったら、オレも違う可能性が出てくるけど、兄は無事にベータと言う結果が出た。 だから大丈夫。 オレも前と同じオメガだ。 オレは自分に強く言い聞かせた。 それから一年が過ぎ、ついにオレの診断となった。その結果を待つまでの時間がものすごく長い。 前の時はどうせベータだと全く何も考えないで過ごしていたせいか、結果まであっという間に感じたけれど、こうして待つとなるとその時間が長いこと長いこと・・・。そしていざ結果が出て来ても、それを見るのが怖い。 どうしよう・・・ベータだったら・・・。 オレの中でアルファはない。でも密かにアルファを期待している両親は兄の時よりも力が入っている。 「みつくん、早く開けてみて」 それでも一生を決める検査の結果を、本人から奪って開けるようなことをしない両親はそう言ってオレを急かす。 ベータならベータでまた考えればいいんだ。 オレは意を決して通知を開いた。 『オメガ』 一番上に大きくオメガの文字。その下に詳しい結果が書かれていた。それを見てオレはその場にへたりこむ。だけどそれをショックを受けたと勘違いした両親は慌ててオレに駆け寄り、慰めの言葉をかけてくれる。 「大丈夫よ、みつくん。今はオメガでも暮らしやすくなってるから」 「そうだ、光稀(みつき)。父さんたちはみんなお前の味方だ。不安になることは何も無いからな」 そう言ってくれる両親にオレは頷きつつ、心の中ではガッツポーズを決めていた。 良かった。 これであの高校に入れる。 周りは突然のオメガに戸惑い、心配してくれてるけど、オレは二度目なのでかなりの余裕だ。 初めての発情期も覚えてるし大丈夫。 オレはひとまずほっとした。 あとは先生と出会うのを待つだけだ。 そう思ってオレは、それから覚えている限り記憶の通りにした。 少しの違いも先生と会えなくなりそうで、オレは恥ずかしい失敗もその通りにした。そして前と同じ高校に進学して、前と同じクラスで高校生活を過ごす。そして訪れた2年の春。 ちゃんと前と同じように過ごしてきた。 クラスも前と同じ。 だから大丈夫。 始業式が始まり、時間が経つにつれて心臓の鼓動が大きくなる。 もうすぐ、新しく赴任してきた先生の紹介だ。 舞台の上手から数名の先生が入ってくる。その中の三番目。 先生・・・。 その姿に、既に早鐘を打っていた心臓は止まるかと思うほどさらに跳ね上がり、胸が詰まって息ができない。そして視界が歪み、涙が零れた。 それを恥ずかしいと思う余裕もない。 オレの意識は目の前の先生に釘付けになり、意識の全てを持っていかれる。 先生・・・生きてる。 もちろん、これは過去だ。 だから生きていて当たり前なのだけど、オレが見た最後の姿は仏壇に飾られた先生の写真。それももう何十年も前のこと。そして時が経つにつれてその姿も薄れてきて・・・。だけどいま、目の前にいる本物の先生に、オレの記憶の中の先生が鮮明になる。 初めて会った時も、どきどきして足が震えた。だけど今回はその比じゃない。 会いたかった。 身体の奥底から湧き上がる思いに、オレは立っていられずその場にしゃがみこむ。 止まらない涙と痛いくらいに高鳴る鼓動。そしてもう一度先生と会えたことで、オレの感情の高まりは限界を超える。 目の前が真っ暗になり、オレはそのまま前へと倒れ込む。けれど床にぶつかる衝撃はなかった。誰かがオレを支えてくれたようだ。でもそれが誰なのかを確かめる前に、オレの意識はそこで途絶えた。 もしかしたらこれも、走馬灯の中なのかもしれない。 たゆたう意識の底でオレは思う。 あの時彼に看取られながらオレは死に、この世から消えゆく前に記憶だけが回帰したのかもしれない、と。現実のように思えたこの時間も、ただ単にオレの記憶をなぞっただけで、それはほんの一瞬の出来事。きっと、オレの中にある未練を無くすために、意識がもう一度過去へと戻っただけなのかもしれない。
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