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オレの未練は、もう一度先生に会いたかったということ。だけどそれは無理だから。先生はずっと前に、オレの知らないうちにこの世からいなくなってしまっていたから。だからもう二度と会えない。それが分かっているけれど、それでも会いたかった。ただひと目、もう一度会いたかったんだ。だからきっと、そんなオレの思いが死の間際に記憶を辿ってそれを叶えたのだと思う。
やっぱり走馬燈を見ていたんだ。
落ちていく意識の中でそう思う。
遡った記憶の中で、ようやく先生の姿をはっきりと思い出せたから、これでオレの未練は無くなった。
最後に先生に会えてよかった。
なんとも言えない幸せな気持ちが心を満たす。だから次に目を開けたら、そこはきっと死後の世界だと思った。そう思って目を開けると、そこには先生の姿が。
先生がオレを迎えに来てくれた。
オレの願いの通りお迎えが先生だったので、オレはさらにうれしくなる。
これって話せるのかな?
先生ともう一度話したいのに、声よりも先に涙が出る。
ぽろぽろと流れ落ちるオレの涙に、先生がその涙をタオルで拭ってくれる。そして困ったように口を開いた。
「君はどうしてそんなに泣くのでしょう。そうして黙って泣かれると、こちらの胸が痛んでしまいます」
確かにそうだ。
せっかくまた会えたのに、こんなに泣いたら先生を困らせてしまう。そう思って涙を止めようと思うも、先生に会えた喜びがまだ胸を満たしてちっとも涙が止まらない。
「ご・・・ごめん・・・」
なさい。
そう言おうと思ったとその時・・・。
「あら、起きたのね。大丈夫?もう式も終わってホームルームも終わるから、そのまま寝てていいわよ」
そう言って先生の後ろからやってきた白衣の女の人に、オレの涙は一気に止まる。
え?!
「加賀美先生、これ川嶋くんの荷物です。それで私ちょっと出なきゃいけないんですけど、お願いしてもいいですか?」
「大丈夫ですよ」
「ごめんなさいね、赴任早々お願いして。じゃあ川嶋くんも、無理しないで少し休んだら帰っていいからね」
そう言って、白衣の女性は部屋を出て行った。
あの人確か、保健室の佐原先生だ。高校の保健医で、バースカウンセラーをしていた先生。
あれ?
オレは別に佐原先生にはなんの未練もないよ?ていうか、その存在も忘れていたのに、なんで出てくるの?
そう思いながら周りをよく見たら、オレが寝ていたのは保健室のベッドだった。その場所も特に思い入れは無い。それに高校生活の中で保健室のベッドに寝たことはなく、もちろんここに先生といた記憶もない。
あれ?
どうなってるの?
おそらく顔に疑問符でも張り付いていたのだろう。先生・・・加賀美先生が受け取ったオレの荷物を横に置くとオレの顔を覗き込んだ。
「始業式で倒れたんですよ。覚えてませんか?」
始業式?
じゃああの時、先生の姿に気が高ぶりすぎて失神したのか。じゃあ、まだこれは走馬灯の中・・・にしては感じる全ての事がリアルすぎるし、この状況はオレの記憶には無い。
てことは、やっぱり本当に時間を逆行してるってこと?
先生の登場と共に視界がブラックアウトしたから、てっきりオレはやっぱり死んでるのかと思ったけど、普通に貧血を起こして倒れたらしい。
オレは先生を見ながらゆっくりと身体を起こした。すると先生が心配気に背中を支えてくれる。その手の感触に、オレの目に涙が込み上げる。
本当に先生がいる。
「まだ具合が悪いんじゃないですか?」
そんなオレを見て先生が焦ったように言うけれど、オレはそれに首を振る。
「先生が・・・」
どんなに会いたくても会えなかった先生が本当に目の前にいることに、オレの感情が爆発する。
抑えさられない思いが、口からこぼれる。
「先生が好きです」
高める感情に、オレの目から涙が溢れ出す。
本当はここで言うつもりなどなかった。オレたちはまだ初めて会ったばかりで、先生だって名前も知らないような生徒に急にそんなことを言われても訳が分からないだろうから。でもオレの口は止まらなかった。だって目の前にいるんだもの。会いたかった先生が。生きてここに・・・!
「好きです」
もう一度言うとさらに涙が溢れ、言葉が詰まってしまう。
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