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「おう、川嶋。おはよう。ちょうど今話してたんだが、加賀美先生人間ドックデビューしたらしいぞ」
かいた汗を拭っていたオレはその言葉に先生を見る。
デビューって、受けてくれたってこと?
「夏休みに行って来ましたが、どこも悪くありませんでしたよ」
安田先生の言葉を受けて、加賀美先生が言う。
「それは良かった。まあ、それを知るために行くようなもんなんですけど、受けておけば安心できるでしょ?ぜひ来年も受けて、毎年の行事にしてください」
そう言って安田先生はオレを見る。その目が『良かったな』と言っているので、オレは笑顔で頷いた。
「どこも悪くなくて良かったです。先生にはずっと元気でいてもらわないと困るので、来年もちゃんと受けてくださいね」
そして最後に『安田先生も』と付け加えて、オレは教室に戻った。だけど心は不安でいっぱいだった。
病気が見つからなかった。
それはどういうことなのか。
確かに病気でないことは喜ばしいことだけど、オレは先生の未来を知っている。先生は今から二年後、病気で亡くなるのだ。
まだ発症していないのか。
それとも人間ドックで見落とされたのか。
どちらにせよ、年に一度受けることを推奨されている人間ドックにそんなすぐにまた行って欲しいなんて言えないから、来年受けてもらうのを待つしかない。だけどその時にはもう、手遅れだったらどうしよう。
先生の病気はオレたちの卒業式の日、つまり3月に見つかった。次に本当に人間ドックを受けてくれたとして、それは8月だから亡くなる約11か月前となる。その時に見つかったとして、遅くはないだろうか?
もしそれでも手遅れだったら・・・。
胸が不安で押しつぶさらそうになる。
でもオレにはどうしようもない。出来るのは、先生に毎日お弁当を作って、体調に気を配ることだけだ。
少しでもおかしいと思ったら、すぐに病院に行ってもらおう。
オレはそう思って、今までよりも注意深く先生を見ることにした。
挨拶だけして、ただ見ているだけの前とは違う。今は毎日実際にその顔を見て話して、そしてお弁当を食べてもらっているんだ。だからきっと、先生の体調が悪くなったらすぐ分かるはず。そう思っていたのに、時は瞬く間に過ぎてあっという間に夏休みになった。
もしかして、あまり自覚症状の無い病気だったのかな?それとも、進行性の病気で発病からの日数が短かった?
今年は自分も受験だけれど、それどころでは無かった。前のときは推薦で大学が決まったし、そこは変えるつもりもないので、そんなに勉強しなくてもいいとはいえ、オレは宿題にも手が付かないほど先生のことでいっぱいだった。
だけどまた人間ドックに行ってくれるはずだし、そこで見つかるかもしれない。
そう思ってなんとか自分に言い聞かせようと思っても、不安がオレの胸に大きく広がる。
早く、夏休みが終わって欲しい。
オレは何も手につかず、永遠に長いと思える夏休みを過ごした。
そして迎えた新学期。
オレはいてもたってもいられなくていつもよりも早く家を出る。学校に向かうまでも胸の動悸が収まらず、まだ誰もいない校舎の中を走っていく。そして着いた準備室。挨拶もそこそこに開けたドアの先には加賀美先生がいた。
「早いですね。川嶋くん。だけど悪いですが、そこから入ってきてはいけません」
変わらぬ笑顔で加賀美先生がオレに言う。見ればまだ安田先生は来ていなかった。
でもそんなことはどうでもいい。オレはドアを開けたまま先生のところまで駆け寄った。
「先生・・・どこか身体でおかしいところはありませんか?」
いつものようになんてしていられない。
オレは挨拶も忘れて先生に詰め寄る。
「川嶋くん、ストップです。それ以上は来てはいけません」
そう言って先生は手を前に出してオレを止める。
「先生・・・」
それでも近づくオレの肩を押さえ、先生は様子がおかしいオレを止める。
「どこも悪くありません。今年もちゃんと人間ドックに行きましたし、なんの検査にも引っかかりませんでした」
また異常なし。
だったら・・・。
オレの頭に『進行性』と言う言葉が浮かぶ。
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