たまにはこんなファンタジーも

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オレの知る時間とは全く違う時間が流れていく。 そのためか、前の人生の記憶が薄れ始め、あんなにはっきり覚えていた記憶は次第にぼやけていき、それこそが夢の中の出来事のように感じるようになっていく。そしてそれも忘れていき、いつしかオレの記憶から消えていった。 卒業式の日のプロポーズからすぐに入籍したオレたちだったけど、先生は番になることを躊躇した。けれどそれもオレの涙の説得で先生を納得させ、先生と初めて迎える発情期でうなじを噛んでもらった。だって番こそ、もしも先生がいなくなってしまったら消えてしまう不確かな証。躊躇する意味が分からない。そう言って噛んでもらったうなじに無事に噛み跡を残し、先生との穏やかで幸せな時間は過ぎていく。 それでもそれがいつ終わるか分からない不安はある。だからこそオレたちは、この幸せな時間を大切に過ごした。オレは子供も望んだけれど、それだけは応じてくれなかった。 『子供は親の所有物ではありません。欲しいというだけの理由でもうけてはダメです。その子にはその子の人生があるのだから、ちゃんとよく考えなくてはなりません』 先生は教師の顔でそう言うと、逆にオレを説得した。 確かに先生の言う通り、子供はおもちゃじゃない。欲しいと駄々をこねて手に入れるものではないけれど、でもね先生、オレがどんなに先生を好きか知らないでしょ?もしも先生の病気が再発したら、オレは無理やりにでも先生との子供をもうけるよ。そしてこの先誰とも付き合うことなく、オレの人生をその子に捧げるんだ。そうして先生の遺伝子を、この世に残していく。 それはオレのエゴだって分かってる。 父親のいない子はオレに恨みごとを言うかもしれない。それでもオレは、先生の面影のある子が欲しい。だから今は先生の言うとおりにするけど、もしもの時はオレ、その約束は守らないよ。 けれどそんな密かな企みは実行することなく、オレたちは無事に四年後を迎えることが出来た。そしてついに医師から『完治』の言葉をもらう。 そしてもしもの事を考えて互いの両親にしか知らせていなかったオレたちの関係を、晴れてみんなにお披露目することになった。 夏に完治となってから準備を始め、オレの大学卒業を待ってからの春の吉日。オレたちは無事に結婚式の日を迎えることが出来た。 純白のタキシードに身を包み、式の開始を待っていると、控え室のドアがノックされた。 「光稀くん、ちょっといいですか。紹介したい人がいるのですが・・・」 四年の結婚生活でも敬語が取れない先生が、そう言ってドアから顔を覗かせる。 先程支度が終わって一度お互いに姿を確認し合ったけれど、いつもよりもかっこいいその姿にオレはまた見とれてしまう。けれど先生の後ろから入ってきた人物に、オレははっとする。そして今まで忘れていたもうひとつの人生が、一瞬にして鮮明に思い出される。 「光稀くん。彼は僕の大学からの友達で、僕の一番の親友なんです。本当はもっと早くに紹介したかったのですが、君と結婚が決まった頃にアメリカに転勤になってしまって会えなかったんですよ」 そう言って紹介されたのは彼だった。オレの前の人生で夫であり、番であったアルファ。その彼がいま、オレの目の前にいる。 「初めまして。この度はおめでとうございます。こんな綺麗なパートナーさんで羨ましい。どうかいつまでもお幸せに」 にっこり微笑む変わらぬ彼のその笑顔に、一気に涙が込み上げてくる。けれどここで泣く訳にはいかない。そう思って必死にその涙を堪え、オレも笑顔になる。 「ありがとうございます。幸せでした」 その言葉に彼は『え?』という顔をした。それはそうだろう。彼の言葉の答えとしてはおかしい。ここは『幸せになります』と答えるべきだ。けれどオレは彼の言葉を受けてそう言ったのではない。あの時・・・彼に手を握られながら眠りにつく前に言った言葉を、もう一度言ったのだ。だってそれは紛れもない本当の気持ちだったから。たとえ違う時間を歩み出したとしても、オレの彼への感謝の気持ちは変わらない。 だからもう一度伝えたかった。
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