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残念ながらずっと二人だけだったけど、それでも穏やかで優しい時間を過ごすことが出来た。そしてもう、好きな人の死を見たくないからというオレの望みを叶え、こうして旅立とうといしているオレの隣で手を握ってくれている。
うん。
悔いは無い。
すごく幸せな人生だった。
そう思いながら、もし本当にお迎えが来るのなら先生に来てもらいたいなんて、彼には申し訳ないことを思ってしまう。だけど、少しくらい先生に会って文句のひとつも言っていいと思うんだよね。でも最後には言うんだ。
『先生、ありがとう』
て・・・。
ああ、気持ちが安らいでくる。
苦しいのも無くなった。
本当にもう、終わりなんだ。
最期に彼にお礼を言いたい。
「ありがとう。幸せだったよ」
ちゃんと言葉に出来ただろうか。
出来てなくても、伝わっていたらいいな。
そう思いながら、オレの意識は少しずつ薄れて行った。
人生の中で、一番強烈で輝いていた時間を走馬灯のように思い出し、これで本当に死ぬんだと思った。思ったのに、目が覚める感覚にオレは密かに恥ずかしくなる。
死ぬと思って番に『ありがとう』なんてドラマのワンシーンのようなことしておいて、まだ死んでませんなんて、オレってすごく恥ずかしい奴じゃん。あれはあそこで本当に息を引き取るからドラマチックでいいのに、また目を開けたらただのコメディーだ。
ああ、やっちゃったな。
そう思って目を開けたら、知らない天井があった。見慣れた病院のじゃない。
ここどこ?
知らないはずだけど、でもなんだか見覚えがあるような気もして、プチパニックを起こす。とその時、いきなり目の前に若い女の人が現れた。
「あら、みつくん。起きちゃったの?」
プチパニックがパニックになる。
な、なに?
みつくん?
「まだ起っきには早いから、もう少し寝ようね」
そう言うと、その女の人はオレの胸をとんとんしだした。するとなんだか瞼が重くなって、オレは呆気なくまた眠ってしまった。そのあまりの早さに、オレは結局何も分からないままだった。
そして次に目が覚めると、そこはまた違う場所だった。
でもここって・・・。
まさかと思った。
オレはまだ走馬灯を見ているのだろうか。
だってここは、実家のオレの部屋だったからだ。
結婚を機に家を出てから一度も戻らず、両親が亡くなってから建て直したはずなのに、そこはまるで時が止まったかのようだった。しかも子供の頃の部屋だ。
やっぱり走馬灯?
そう思ったけど、起き上がったオレはそのあまりのリアルさに驚く。
本当に目が覚めて起き上がったみたいだ。
身体を動かす感覚、肌に触れる布団の感触。そのどれもが現実としか思えない。
何が起こってるのか・・・。
走馬灯にしては現実感がすごい。でもこの状況は有り得なさすぎて訳が分からない。
だって目が覚めたとしても起き上がる体力なかったし、そもそも実家の部屋ってのがあるはずがない。しかも子供の時の部屋だよ?
そう言えば前に一度目が覚めたっけ。いま思えばあの人、あいり先生だ。保育園の時の。それで思い出した。あの天井は保育園の天井だ。
目が覚めてすぐにまた寝ちゃったけど、あれは保育園での記憶。
じゃあ今は・・・。
周りを見渡すと机に教科書があった。そこには小学3年生とある。
まじか。
寝ている布団のカバーも着ているパジャマも子供の時のものだとは気づいていたけど、小3・・・。でも前が保育園だったからあれから軽く5年くらいは飛んだのか・・・。
て言うか、これなに?
本当に夢なの?
リアル過ぎない?
また寝たら時間が過ぎるのだろうか?
オレは再び横になった。
そう言えばなんだか頭がぼうっとしている。身体の調子が悪いみたいだ。とその時、ドアが開いた。
「みっちゃん、お熱どう?」
そう言って入ってきたのは母だった。しかもかなり若い。
母さん・・・。
20年前に亡くなったはずの母が、心配そうにこちらに近づいてくる。
「学校には連絡入れたから、今日は休んでゆっくり寝てなさいね」
そう言ってオレのおでこに手を当てる。
「まだお熱高いわね。気持ち悪くない?」
その言葉にオレは頷く。
「良かった。じゃあまた見に来るから、ちゃんと寝てるのよ」
そう言って母は部屋を出て行った。
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