1-1 青天の霹靂

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1-1 青天の霹靂

 意識が浮上して、うっすらと目を開ける。  そこには真っ白な天井と、白いカーテンと、窓から差し込む白い光と、  紫のヒヤシンスが飾られていた。  近くで誰かが息を呑む気配がして、パタパタと足音が去っていく。  ぼんやりとした頭で身体を起こす。  どうやらここは病院のようだった。特有の薬臭い匂いと、白さがそう訴えている。  私が見ていた白さは、これとは違った気がするんだけどな。  なんだったっけ。あまり働かない頭でそう考えて、やがて考えていたことすらも忘れてしまった。  窓枠に飾られたヒヤシンスの紫に目を向けながら、私はさっきの誰かが引き連れてきた、大勢の足音を聞いていた。  お医者さんの話によると、私は事故に遭って、2週間近く眠っていたらしい。  トラックに接触し、ふっとび、ずっと目を覚まさなかったっていうんだからびっくりだ。  そんな話を、私の復活を泣きながら喜んでくれた両親と聞いていた。大人の涙なんて滅多に見ないので、お母さんが泣き出したとき私はなんだかおろおろしてしまって、どうしていいか分からなかった。  こういうものは、事故に遭った本人よりも、ずっと待っていた周りの方が堪えるのかもしれない。  「事故のことは覚えていない」と私が言うと、お医者さんはサッと顔色を変えていくつかの質問をした。  自分の名前。  通っている学校。  両親のこと。友達のこと。  名前は長谷川充(はせがわみつる)。「(みつる)」というのは男にも女にもとれる名前だけれど、いちおう女子である。  東ヶ丘高校に通う二年生で、家から学校の近くまでバスで通学している。  傍にいる両親のことも勿論分かるし、友達の名前もいくつか挙げた。  私が淀みなく答えるのを聞いて、主治医のおじさんは「きっとショックで事故前後の記憶が曖昧になっているのでしょう」と胸を撫で下ろした。  一通りの検査を終えて、さっきまで横たわっていた病室に戻ってくる。幸い大きな怪我はなかったけれど、数日は安静にしているようにということだった。  白い病室と、無彩色の荷物群のなかで、ヒヤシンスの紫だけがポツリと浮かんで見えた。私はベットに横たわりながらそれをじっと見つめる。 「ねえお母さん、このヒヤシンス誰が持ってきてくれたの? お母さんたち?」 「ああ、それね」  何かを思い出したように、お母さんは目を開いた。 「同じ学校の男の子が持ってきてくれたよ。お見舞いにも何度か来てくれて。名前聞きそびれちゃったけど、心当たりある?」  言いながら、お母さんはにやにやとこちらを見る。「もしかして彼氏?」と言いたげな表情だ。 「さぁー? 誰だろ」  私は首を傾げる。クラスに仲の良い男子は何人かいるが、わざわざ花まで持参してくる人物には心当たりがない。 「……まさかストーカーだったりして」 「あはは、まさか」  私にいると思う? と笑い飛ばしたところで、病室の扉が勢いよく開いた。走ってきたのだろうか、上下する肩に合わせてボブカットの黒髪が揺れている。 「あ、和子(わこ)だー」  友人の来訪に、私はベットの中から呑気に手を振った。  さっき主治医の人から友達について訊かれたとき、真っ先に挙げたのが和子(わこ)の名前だった。  和子はずんずんと病室を進むと、ガバッと抱きついてきた。 「よかったーー!! おきたぁー!!」  和子は、眼鏡のレンズを通してこちらに涙が飛んでくるんじゃないかという勢いで泣いていた。綺麗に切り揃えられた前髪が、たくましい眉毛の上で揺れている。  思っていたよりもずっと感動的に喜んでくれる友だちの姿に、私もちょっぴり涙ぐみそうになった。  和子は私が検査を受けている間にお母さんから電話をもらって、急いでこちらに駆けつけてきてくれたらしい。 「もう大丈夫なの?」 「うん。多分明日くらいには学校も行けるんじゃないかな」 「そっか、じゃあ始業式には間に合いそうだね」  涙を袖で拭いながらそう言う和子。しかしその言葉を聞いて、私の涙はすうっと引っ込んだ。  なんとなく、嫌な予感がした。 「始業式? 間に合いそう? って言った?」 「ん? うん」 「つまり、これから三学期の始業式があるということ?」 「そうだね」  和子は頷く。適温に保たれた病室で、私の背を嫌な汗が一筋流れた。考え得る現実に、頬が引き攣る。 「……まさか」 「そう、そのまさかだよ」  和子は、無慈悲に口角を上げた。 「お前が眠っている間に、冬休みは終わってしまったのさ」
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