1-1 青天の霹靂

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 振り返ると、そこには生島(いくしま)先輩が立っていた。 「えっ」  その先輩から自分の名前が呼ばれたことに驚いて、私はその場に立ち竦んだ。  生島(いくしま)先輩というのは、私が密かに憧れている先輩だ。  透き通った白い肌に、真っ直ぐな黒髪が映えている。  しんとして廊下に佇む姿は、冬の空気によく似合っていた。 「怪我は、もう大丈夫なの?」  どうやら生島先輩の耳にまで、私の入院の話は入っていたらしい。生島先輩に認知されていたという事実が嬉しくて、私は心の中で小躍りした。 「いや〜もう全然! ピンピンしてますよ」  私が元気よく笑ってみせると、生島先輩はほっとした顔をした。 「よかった」  本当に、「よかった」と思っていそうな声だった。ほぼ初対面の私にそこまで心を砕けるなんて、生島先輩はなんて心優しい人なんだろう。私は心の中で生島先輩に手を合わせる。  その時、予鈴のチャイムが鳴って、学校中の空気を震わせた。私は弾かれるように顔を上げる。そうだ、早く行かないと。生島先輩との時間が終わってしまうのはとても惜しいけれど、先輩だって、そろそろ教室に戻らないといけない。 「私はこの通り元気ですので、ご心配なく! じゃあっ」 「……えっ」  私はくるりと生島先輩に背を向け、パタパタと足早に廊下を歩いていった。  わーっ、生島先輩と喋っちゃった!  興奮を抑えるように、両手で自分の頬を挟む。足は感情の勢いのままにどんどんと速度を上げ、教室まで走り込む。ちょうど教室に入るところだった和子を見つけたので、後ろからタックルした。下で「重っ」とか聞こえた気がしたが、今の私には気にならない。和子の背中に飛びつきながら、私は興奮冷めやらぬ口調で報告した。 「さっき廊下で、生島先輩に話しかけられちゃった!!」 「おー、それはよかったね」  和子の返答はこの上なく淡々としていた。 「え、反応薄くない?」 「いやー、まあ、先輩も心配してたんじゃない?」  和子はなんとも報告し甲斐のない反応を続ける。 「やっぱ薄いなー、反応が。それにしても生島先輩、ほんと心優しいよね。私のことも認知してくれてて、わざわざ心配して声かけてくれるとかさ」 「は?」 「初めて喋っちゃったよ。いやー生生島先輩(なまいくしませんぱい)やばかった」 「え?」 「あんなかっこいい先輩と付き合えたら幸せだろうなぁ」 「え、ちょっと」 「いやいやいや、さすがにそこまでは考えてないけどさー」 「充」  急に声が鋭くなって、びっくりした私は動きを止めた。私の重みから解放された和子が、ゆっくりとこちらを振り返る。  和子は首を傾げながら、奇妙な顔でこちらを見る。私もまた、奇妙な心地で和子を見ていた。  和子と私の間に、何か大きな隔たりを感じる。   「何言ってんの?」  和子は言った。 「生島先輩は、あんたの彼氏じゃん」 「へ?」  それはまさに、青天の霹靂(へきれき)だった。  後ろを振り返る。  そこに、生島先輩の姿はもうなかった。
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