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振り返ると、そこには生島先輩が立っていた。
「えっ」
その先輩から自分の名前が呼ばれたことに驚いて、私はその場に立ち竦んだ。
生島先輩というのは、私が密かに憧れている先輩だ。
透き通った白い肌に、真っ直ぐな黒髪が映えている。
しんとして廊下に佇む姿は、冬の空気によく似合っていた。
「怪我は、もう大丈夫なの?」
どうやら生島先輩の耳にまで、私の入院の話は入っていたらしい。生島先輩に認知されていたという事実が嬉しくて、私は心の中で小躍りした。
「いや〜もう全然! ピンピンしてますよ」
私が元気よく笑ってみせると、生島先輩はほっとした顔をした。
「よかった」
本当に、「よかった」と思っていそうな声だった。ほぼ初対面の私にそこまで心を砕けるなんて、生島先輩はなんて心優しい人なんだろう。私は心の中で生島先輩に手を合わせる。
その時、予鈴のチャイムが鳴って、学校中の空気を震わせた。私は弾かれるように顔を上げる。そうだ、早く行かないと。生島先輩との時間が終わってしまうのはとても惜しいけれど、先輩だって、そろそろ教室に戻らないといけない。
「私はこの通り元気ですので、ご心配なく! じゃあっ」
「……えっ」
私はくるりと生島先輩に背を向け、パタパタと足早に廊下を歩いていった。
わーっ、生島先輩と喋っちゃった!
興奮を抑えるように、両手で自分の頬を挟む。足は感情の勢いのままにどんどんと速度を上げ、教室まで走り込む。ちょうど教室に入るところだった和子を見つけたので、後ろからタックルした。下で「重っ」とか聞こえた気がしたが、今の私には気にならない。和子の背中に飛びつきながら、私は興奮冷めやらぬ口調で報告した。
「さっき廊下で、生島先輩に話しかけられちゃった!!」
「おー、それはよかったね」
和子の返答はこの上なく淡々としていた。
「え、反応薄くない?」
「いやー、まあ、先輩も心配してたんじゃない?」
和子はなんとも報告し甲斐のない反応を続ける。
「やっぱ薄いなー、反応が。それにしても生島先輩、ほんと心優しいよね。私のことも認知してくれてて、わざわざ心配して声かけてくれるとかさ」
「は?」
「初めて喋っちゃったよ。いやー生生島先輩やばかった」
「え?」
「あんなかっこいい先輩と付き合えたら幸せだろうなぁ」
「え、ちょっと」
「いやいやいや、さすがにそこまでは考えてないけどさー」
「充」
急に声が鋭くなって、びっくりした私は動きを止めた。私の重みから解放された和子が、ゆっくりとこちらを振り返る。
和子は首を傾げながら、奇妙な顔でこちらを見る。私もまた、奇妙な心地で和子を見ていた。
和子と私の間に、何か大きな隔たりを感じる。
「何言ってんの?」
和子は言った。
「生島先輩は、あんたの彼氏じゃん」
「へ?」
それはまさに、青天の霹靂だった。
後ろを振り返る。
そこに、生島先輩の姿はもうなかった。
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