1-2 喪ったもの

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1-2 喪ったもの

 始まりは、文化祭の劇だった。  秋の初めの冷たさは、文化祭に訪れた人混みの熱気に相殺されていた。特に体育館の中は、これから舞台で始まる演目への高揚感も手伝って、より一層空気の温度が高かった。 「次、なんだっけ」  隣に座る和子に尋ねると、「劇じゃなかった? ロミジュリっぽい感じの」と答えが返ってくる。パンフレットをめくると、これから始まるのは三年生の劇のようだった。私は帰宅部なので、三年生の知り合いはあんまりいない。誰か知ってる人いるかな〜と、私はぼんやりステージに目を向けた。  劇の内容は、いがみ合う二つの国の王子と姫が、なんやかんやあって結ばれる物語だった気がする。ロミオとジュリエットを下地にした、ハッピーエンドのお話だった、気がする。脚本家の人には申し訳ないけれど、ストーリーはあんまり記憶に残っていない。  覚えているシーンは、一つだけだ。  王子が姫の元へ向かうとき、敵となって王子に立ちはだかる悪役がいた。その人物は黒衣の衣装を身に纏い、超然とした佇まいで王子と対峙した。すらっとした長身が、舞台によく映えていた。  彼は姫の婚約者で、彼女を心底愛していた。彼は姫を敵国の王子から守るため、なりふり構わず襲いかかる。その姿は鬼気迫っていた。 「彼女が俺のことを愛していなくたって構わない。結婚という契りを交わし、俺のものになってくれさえすれば、それでいいんだ。それで、俺の恋は成就する」  彼は姫の気持ちも、自分の気持ちも見えなくなっていた。そこを王子に諭され、最後は剣を手から落とし、膝を折って咽び泣いた。その姿に、私の胸は少し痛んだ。  それだけだったら、ちょっと印象に残る劇だったな、で終わっていた。  驚いたのは、その後の舞台挨拶だ。  劇が終わって幕が降りた後、役者全員が舞台に上がって一人一人名前を言う。そして一列になって礼をして、今度こそ幕引きだ。 「生島藤哉(いくしまとうや)です」  悪役のその男は、ただの一学生の顔をしてそう言った。さっきまでの激情の演技はなんだったのかと言いたくなるような、さらりとした顔をして舞台に立っている。同じ役者のクラスメイトと、柔らかい雰囲気で笑い合っている。  そうか、この人、フツーに一人の高校生なんだよな。  こんな澄ました顔をした人間の中に、あんな感情の引き出しがあるのか。  その事実に、私はすっかり心を掴まれてしまった。  生島先輩、と呟き、その名前を胸に刻んだ。
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