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〆
「まだ生きていらしたんですね、先生」
「おまっ!相変わらず口の減らん男だな、死神顔めが…。お前こそ、どっかに飛ばされておったと聞いていたが、もう戻ったんかい。朝っぱらから騒がしいのはお前のせいか!サッサと終わらせてくれんかな鬱陶しい」
「ふぅ…。とりあえず、邪魔をしないでくれませんか」
「いつワシが邪魔をした?営業妨害しておるのはそっちじゃろうが!」
顔馴染みのふたりが言い合いをしている周囲は、ドヤドヤと警官が出入りしていた。
ここ山谷と古くから呼ばれる地域は、現在の台東区浅草から荒川区にまたがって広がる昔ながらのドヤ街である。簡易宿泊所が多く、最近では格安ホテルも林立するようになった為、日雇い労働者から外国人旅行客まで入り乱れて人種の坩堝と化している。
事件性のない死体のひとつやふたつ日常的に見かけそうなエリアであったが、今回発見されたのは生後5ヶ月の男子乳児の遺体であり、現在捜査中の誘拐事件被害者の可能性が高いとあって緘口令が敷かれた大きな帳場が浅草警察署に立ったばかりであった。
しかし、この山谷地区で赤髭先生として誰もが知るこの皺くちゃで縮んだような老医師は、遊廓があった頃から生きてるんじゃないかと思うほど世情に長けていて、いつも情報は筒抜けだ。
地方警察官としての経験を積む前の警視庁時代から、この老医師とは度々顔を合わせていた黒岩が、昨年警視庁刑事部捜査第一課長に異例のキャリア組から抜擢されて再び顔を合わせたのがこの事件とは。
「偶然にしてもでき過ぎだ…」
「何じゃと⁈」
「相変わらずの地獄耳だと言っているんだ!」
面倒な人物である事は間違いないので、黒岩は顔を合わせただけでも神経が擦り減るのだった。
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