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目が覚めた。
手術は終わったようだ。
麻酔科医が、「声は出さないでください。私の手を握ってください」と書いたボードを見せていた。
私は麻酔科医の手を握り返した。
麻酔科医は、私の反応を見て微笑んだ。
「手術は終わりました。成功です」
私はまだ、夢を見ているような感じだったが、それでも、手術が終わったということは何となく理解できた。
* * *
やがて、はっきりと目が覚めた。
手元には筆談用のボードが置かれている。
それは、声を失ったという事実を示す物でもあった。
現実を知らされた感じがして、ショックだった。
* * *
術後の経過は順調で、立って歩けるまでに回復した。
点滴ではなく、口で食事を摂ることもできるようになった。
しかし、あまりおいしく感じない。
術後だからそう思うのだろうか。
いや、違う。
匂いを嗅げないからだ。
私の口は肺に繋がっていないので、息を吸うことができない。
つまり、自分の意志で匂いを嗅くことができなくなったのだ。
けれど、まったく嗅覚がなくなったわけでもなかった。
食べ物に鼻を近づけてみる。
かすかに匂いがする。
こうすれば、なんとか匂いを感じることはできた。
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