私は声帯を失った

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私は録音を続けた。 家族の名前もしっかり録音した。 お世話になった知人の名前も録音した。 あとは……あとは…… 身近な人へのお礼は、健康なうちはなかなか照れくさくて言いづらかったりしたものだが、今となってはスムーズに感謝の言葉が出てくる。 家族に残しておきたい言葉。 それを考えると、涙が出てきた。 私は死ぬわけではない。 けれども、なんだか遺言を残しているような気持ちになった。 今までしてくれたことを思い出しては、そのお礼を録音した。 子供たちには、親としての願いを録音した。 いや、そんなことをしたら重荷になるかな。 録音して、聴き直しては消去。その繰り返し。 挨拶よりも願いの録音の方が難航した。 結局のところ、家族には健康でいてもらいたい。 それが私の願いのすべてであることに気がついた。 あとは……あとは…… 私の声帯があるうちに録音しておくべきこととは…… いくら録音しておいても、あとからあれを録音しておけば、と後悔するのは嫌だ。 そうか! そのとき、私はひらめいた。
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