さよならピアニスト

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 病室で目が覚めた時、私は真っ先に両手を確認した。  白い包帯でぐるぐる巻きにされた両手が、私の意思に反してカタカタと震え始める。  あまりの恐ろしさに気が遠くなり、プツンと停電したように世界が暗闇に包まれた。 「香澄(かすみ)、ピアスしてるね」  教室の窓辺に、眠気を誘う穏やかな春の陽光が差しこんでいる。  窓際の席に座ってうとうととしていた私は、その言葉にはっと我に返った。  顔を上げると、机の前に立っていた友人の桜ちゃんが、にっこり笑いながら言った。 「ピンク色の石のピアス、前買ったやつだよね」 「うん、可愛いから早速つけてみた!」 「え、香澄、ピアスつけてるの?」  他の友人たちも興味津々に、わらわらと集まってきた。  私は髪を整えるふりをしながら、さりげなくピアスを髪で隠した。 「でもさ、香澄って校則違反とかするイメージなかったから、正直びっくりした。ぐれちゃったのかなって」  桜ちゃんの言葉に内心ドキリとしながら、私は曖昧に笑った。 「あはは、ぐれてないよ。変かな?」 「変じゃないけど、ずっとピアノ一筋だったんでしょ?」  ドクンッと心臓が跳ね上がり、背中に冷たい汗が流れた。  どうにか話題をそらしたくて、私は声をうわずらせながら言った。 「そ、それより次、移動教室じゃない?」 「あ、ヤバ」  友人たちが席に戻ったので、私も教科書を手に立ち上がる。すると、バサバサッと何かが落ちる音がした。  視線を足元に落とすと、床に教科書や筆記用具が散らばっていた。  筆記用具のファスナーが開いていたらしく、シャーペンや消しゴムまで外に飛び出している。 「香澄、大丈夫?」 「あはは、もう最悪! 桜ちゃん、先に行ってて」 「それくらい手伝うよ」 「ありがとう。でも大丈夫、すぐ追いつくから!」 「そう?」  私は桜ちゃんに背を向けて、その場にしゃがみこんだ。  つかんだ消しゴムが、ぽろっと指からこぼれ落ちる。  指が震えて、上手く拾えない。  頬が熱くなり、額に嫌な汗が噴き出した。  どうか、桜ちゃんに見られていませんように。  私は心の中で祈りながら、普通の人よりも倍の時間をかけて、教科書と筆記用具を拾った。
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