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「さすが、ピアノ一家の娘だね。天才だよ」
中学までは、誰もがそう言って私を褒めてくれた。正直、天狗になっていたと思う。
中学生の私は、ずっとピアノばかり弾いている嫌なやつだった。
「手が震える? 大丈夫、リハビリをすれば治るよ。香澄ちゃんならきっと乗り越えられるから」
中学三年の春。手が思うように動かせなくなった時、誰もが私を励ましてくれた。
指が動かないのは、きっと私の努力が足りないから。
私はさらに練習時間を増やすことにした。辛かったけど、ピアノと春くんとの約束があったから頑張れた。
春くんが遠くに引っ越して、手紙もいつか返ってこなくなったけど、ピアノをやっていればいつか出会える。本気でそう信じていた。
「このまま我が校に、ピアノ専門で在籍させるのは厳しいかと」
先生が哀れむような声で母に説明するのを、私はずっとうつむいて聞いていた。
唇を噛みしめて、必死に涙をこらえていた。
翌日、私は初めてピアッサーを買った。
「香澄って、ピアノ弾けるんでしょ」
昼休みになり、自分の席でのんびりとあくびをしていた私は、友人のひとりにそう声をかけられて面食らった。
「と、突然、どうしたの」
「今吹奏楽部の話しててさ、香澄もピアノやってたなら入ればいいのにって」
私が何かを言う前に、桜ちゃんが興奮したように話し始めた。
「そうそう! この子、中学は波音学園って名門校で、ピアノ専門で通ってたんだよ。私も昔ピアノやってたからわかるけど、香澄ってマジエリートだよ」
「そうなの?」
「そうなの! だよね?」
私は桜ちゃんの勢いに押されて、こくりとうなずいた。
「香澄の両親、どっちもピアニストでさ、お父さんなんて超有名人なんだよ。お母さんは近所でピアノ教室やってるし、マジでピアノ一家」
「いいなー、うちの両親は普通に会社員だよ。っていうかさ、どうしてこんな普通の学校に来たの? ピアノのプロ目指せばいいのに」
胸の奥がずきっと痛んだけど、私は何とか笑顔を貼りつけて言った。
「目指してたけど、向いてなかった。みんなと一緒にカラオケで歌うほうが楽しいよ」
「えー? もったいなくない?」
「あはは、そうかも」
私は笑いながら同意した。膝の上で握りしめた拳が、カタカタと震えている。
「ごめん、私トイレ行ってくる」
ちょっと不自然だったかもしれないけど、吐き気がひどくて、これ以上この空間にいられなかった。
廊下に出て、ひとつ深呼吸をする。
「ふう、ちょっとマシになったかな」
「あんた、大丈夫かよ」
「うわっ!?」
いつの間にか目の前に春くんが立っていて、私は飛び上がった。
「な、何でここに!?」
「そんなに驚かなくてもいいだろ。あんたに話があるんだ」
私は青ざめて、頬を引きつらせた。
昨日下手くそって言っちゃったから、殺されるかも。
「とりあえず場所変えるぞ。すこし付き合ってくれ」
「はい……」
今すぐ逃げ出したい衝動を抑えながら、私は素直に春くんについていった。
本館から渡り廊下を通って、別館へと移動する。
「着いたぞ」
「ここって、音楽室?」
「そう、第二音楽室」
春くんは扉の鍵を開けて、中へ入っていった。私もその後につづく。
広い音楽室の窓際に、ピアノが一台設置されていた。
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